「内科と整形の研修医の忙しさの違い、ちゃんと見て下さいよ!」
その病院の医局では、整形外科ドクターの疲弊が目立っていました。骨折患者が多いのはそこも同様で、救急から入院となった患者を整形外科のドクターが主治医として受け入れていました。しかし、入院からしばらくして患者の発熱や容態悪化で肺炎が確認され、内科ドクターの診察の後、点滴抗菌薬の投与で発熱とCRP値が基準値を下回るまで骨折の手術を見合わせる、というパターンが増えています。ここで取り上げたケースは、大腿骨頸部骨折(整形外科)と肺炎(内科)の複合疾患でしたが、主治医を変更する再調整業務など医局政治的に大問題、ベッドの引っ越し移動もナース以下の大仕事となるので、その肺炎治療中の患者の主治医は整形外科ドクターのまま、病棟もベッドもサマリー担当も当然ながら手術も整形外科のままとなって、整形外科所属の医師は部長から研修医まで終日てんてこ舞い‥。これが「疲弊」の構造です。患者の高齢化に伴い、こうしたケースはどんどん増えていくでしょう。
このとき、経営学者が考える「最大の問題」は何だと思いますか? 整形外科ドクターの長時間労働、医局間のコミュニケーション不足などいずれも大きな問題ですが、「最大」ではありません。ここで、私が最大の問題として捉えるのは「タスク間従属関係の逆転」です。これは生産管理論の視点で、以前のエントリ(こちら)でお話した「カレーの具材仕込みと煮込みが終わっているのに炊飯器のスイッチ入れるのを忘れていた」ケースと同じです。肉や野菜を切るタスクは炊飯のタスクに「従属している」のに、つまり最も時間を要する炊飯器でご飯が炊けるまでの間で、具材の仕込みやら煮込みやら「その間で処理できるタスクを填め込む(従属させる)」工程のプロセス構築が不可欠なのに、現実がそうなっていないという問題です。内科が炊飯、整形外科が具材仕込みで、整形の仕込みは内科の炊飯に従属するタスクなのに、従属・被従属間で連携がとれていないばかりか、被従属タスクを担当する内科がクリティカルな(最重点管理工程としての)役割を果たしていないのです。
「カレーライス」が解りにくいかもしれないので、整形外科と内科の話に戻します。この複合疾患の治療で、熱とCRPが下がらないと骨折の手術が出来ないということは、整形外科の手術は内科の治療に「従属している」ということを意味します。各タスクの従属・被従属関係が明確にある複合タスクにおいては、被従属タスクを担当する部門(この場合は内科)がリーダーシップを取るのが通常の姿です。点滴抗菌薬による治療の経過観察を行い情報を共有し、後に続く骨折手術の担当者に必要なリードタイム(手術の準備をしっかり行える時間的余裕)を与え、ケースごとのバリアンス(軽快化までの想定時間の見込みが外れたケース)の原因を分析して次に備える。流れ作業におけるリーダーシップの基盤は、「待っているタスク担当への思いやり」であり「従属タスク全体への目配せ」だと考えています。
問題を解決するため、その病院の医局では新たに(整形外科から内科への)「転科パス」の整備を検討することにしました。まず、転科の客観的基準を明確化することとし、整形外科主治医の骨折患者が「体温38.5℃、CRP値15」を上回った場合に、病棟師長などの経験あるナースが腎機能や肝機能などその他指標や患者の容態を総合的に勘案して、所見とともに「転科申請」を行い、必要に応じてカンファレンスを設ける。そして、この一連のタスクの流れを「転科パス」として組み上げて院内に周知し、担当それぞれの責任範囲を明確にしつつ、タスク執行に必要な権限を与える。クリニカルパス整備の観点で言うなら、既存の内科・肺炎パスと整形外科・骨折パスをつなげる「転科パス」は、言わば「バイパス手術のグラフト」のようなものです。
「こんな面倒なことしなくても、昔なら、院長のリーダーシップでちょっと話して、すぐ調整できたんだけどなぁ‥」(整形外科の年配ドクター)、「それができないから現場が疲弊してるんじゃないですか?」(私)。そんなやりとりで、静にコンサルティングが終了しました。
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