2017/11/02

クリニカルパスとクリティカルパスは「似て非なるもの」

「クリカルもクリティカルも、同じものだって教わりました」

 この「パス」は英語の“Path”で「バイパス手術」のパス、「通り道」のことです。「通行証」などを意味する“Pass”ではありません。つまり医療で言うパス(Path)は、通り道すなわち「経路、ルート」を意味します。したがってクリカルパスのそのまま直訳は「臨床の経路」です。皆さんが普段使っているパスには、投薬治療や検査や食事開始などのスケジュールが並び、入院診療の「経路、ルート」が明示されているので、これこそ文字通りの「クリカルパス」です。一方、クリティカルパスの直訳は「最も重要な経路」です。一番大事な、精力を一番注がなければならないルートのみが「クリティカル」なのであって、そのパスにさほど重要でないものが混ざっていてはいけません。真っ直ぐな医療従事者の「パスに記載された活動は全て重要。医療に重要でないものなど一切存在しません!(だからこれはクリティカルパスです!)」という言い分も有り得ると思いますが、少なくとも経営学が組織や活動の効率化を目指す実践的な学問であるとすれば、「現場タスクの優先順位も付けられないようでは、経営なんて土台無理でしょ!」。こうなると医学と経営学は喧嘩別れです。

 先のエントリ(こちら)で、誤嚥性肺炎にかかる入院治療の一連の活動タスクをチーム医療の協働ネットワークとして作図し、パスのモデルを提示しました。指導先の病院のスタッフの皆さんに「あーだこーだ」と臨床現場の活動の流れを振り返ってもらって、理想的な順序を考え、さらにそれぞれに要する標準時間を例示して頂きました。こうして出来上がったのが、この病院の「誤嚥性肺炎アローダイアグラム基本モデル」です(以下図)。ちなみに「アローダイアグラム」とは、通常のパスで言うところの、治療の順序が並んだ表のセル(一つ一つの欄)を矢印(アロー)で表現した作図(ダイアグラム)のことで、経営学のプロジェクトマネジメント論では「PERT(パート)図」として必ず勉強する専門知識でもあります。

 図に従って、この病院の誤嚥性肺炎入院治療のパス(経路)をおさらいしてみましょう。図に沢山あるマル印の中には、診療活動の節目となる内容が記入されています(先のエントリの「イベント」)。まずは「入院①」。ここから治療が始まり、投薬で「解熱③」を目指します。これに要する標準時間が7日ということなので、①→③の矢印(アロー)の上に(7)と記入します。同時に入院から直ぐ、患者や家族の現状に関する情報収集やアセスメントが始まり、その担当看護師などが「情報②」を目指します。この①→②に要する時間が3日。よって、①→②のアロー上に(3)。さらに、患者の解熱を受けて嚥下評価が始まり、これに2日。同じく③→④のアロー上には、(2)と記入します。

 こうして嚥下「評価④」が固まると、ここからは医療チームが4つに分かれ、各担当者の活動がそれぞれ同時に動き出します。退院先の目安を情報チームと共有し(「出先⑤」へは情報共有するだけなので作業時間なし。作業時間がない場合は点線矢印で示して、時間は(0)と記入)、キザミ食やトロミ食など介護時の「食事⑥」と「喀痰⑦」の見極めはそれぞれ3日で行えるが、家族の意向や施設など退院先(出先)の受け入れ能力の見極めや指導は少々時間が掛かり、退院「調整⑧」までの④→⑧は4日。最後は、喀痰と食事と(退院)調整の進捗を互いに情報共有して足並みを揃え(⑥~⑧のタイミングを揃える)、めでたく「退院⑨」へ。各ルートからは、それぞれ1日ずつ。最後の⑨のマルの上にある(14)という数字は、以上の標準時間を全部足し上げた入院期間の計14日を表しています。もちろん、全てのケースが14日で収まるわけではなく、最終的に退院が伸びたら伸びたで「どのアローが伸びてしまったのか?」について後ほど振り返りをしなければなりません。これこそが「バリアンス」分析の中心となり、それへの個別具体的な対策が各アロー(活動)における今後のタスク設計の変更点となっていく。アローが伸びるバリアンスは、①→③の治療経路以外にもたくさん存在します。治療プロトコル(パス)のバリアンスばかり分析しても、在院日数は縮まらないのです。

 この図では、太い矢印で「クリティカルパス(Critical Path)」が描かれています。これは、この「経路、ルート」に遅れが出てしまうと致命的(クリティカル)に入院が伸びる、ことを意味しています。例えば、①→③→④→⑧のルートは標準時間7+2+4の計13日ですが、「入院①」から分かれる情報収集のための別ルート(①→②→⑤→⑧)は3+1+1の計5日で済み、早く終えてもどうせ治療から解熱・嚥下評価を経るルートの終了を待たなければならないわけですから、こちらは時間的に余裕がある(これを「フロート」と呼びます。関連エントリはこちらこちら)。つまり「在院日数を短縮化する」という病院経営上逃れられない宿命的課題に対して、①→②→⑤→⑧のルートは「クリティカル」ではない。同様に、「評価④」から分かれる3つの活動ルート(情報共有だけの④→[点線]⑤を除く)については、4+1の計5日かかる④→⑧→⑨が絶対に遅れてはならない「クリティカルなパス(経路)」なのであって、3+1の計4日で済む④→⑥→⑨と④→⑦→⑨の2つのルートはそれぞれ1日分だけ余裕がある。すなわち、この2つの活動ルートも退院支援として重要なものであることは認めるが、最重要経営課題である「在院日数短縮」を念頭に置くなら、それらは「クリティカル」な経路ではない。

 冒頭のやりとりに戻ってまとめると、クリカルパスという「臨床の経路」の中には、クリティカルな経路とクリティカルでない経路の2つがあるのです。「絶対に負けられない戦いが、そこにはある」(日本代表サッカーTV中継時における某テレビ局の名セリフ)ではありませんが、「絶対に遅れてはならない経路が、クリカルパスにはある」。「そのルートに遅れが全体の遅れにつながる」経路もしくはルート、それこそが「クリティカルパス」(このモデル図では①→③→④→⑧→⑨の活動ルート)なのであって、これを「最重点管理工程(“Critical Path”の日本語訳)」と位置づけ、作業順序を練って有能な人材を配置し、常時遅れを監視し、遅れたら(バリアンス時)しっかり振り返って対策を練る‥、という体制がとられるわけです。

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