2017/09/28

「患者増加率×医業収益」マトリクス

「患者様受け入れの戦略的プランニング‥ですか」

 先のエントリで、病院診療実績の「仕分け」作業について紹介しました(こちら)。ある病院で、ここ数年の疾患別実績を「利益が多く増加中」の患者群(①)と「利益は多いが減少中」の患者群(②)、そして「増加中なのに利益の少ない」患者群(③)と「減少中で利益も少ない」患者群(④)の4類型に仕分けようとしたものです。経営戦略論の発想では、このような4つのグループを「戦略ユニット(事業方針検討単位)」として捉え、儲かる花形の事業単位①をさらに伸ばして拡大し、大黒柱である同②を効率化して先立つモノをひねり出し将来に備え、悩ましい同③の扱い方を革命的に見直して収益化の道を探り、縁あっていらした同④ではあるがこれを適確な他機関に振り向け自らの負担を減らして行こうとします。つまり、単位ごとにそれぞれ事業戦略の方向と発想法を異なるものとして捉え、メリハリある戦略で中長期的な経営発展につなげていこうとする「戦略思想(戦略的プランニング)」なのです。

 大学で教える経営戦略論のメインに「事業ポートフォリオマトリクス(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント:PPM)」があります。アメリカの世界的に著名な経営コンサルタント会社「ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)」が開発したフレームワークで、企業の製品や事業を「市場成長率×マーケットシェア」という二つの軸で4つの事業タイプを析出し、それぞれに然るべき戦略を明示しようとするものです。私が普段、病院で行っている研修講義では、このBCGの理論フレームの考え方に則りながら日本の医療制度における病院経営の事業環境を考量し、軸の設定や事業単位の名称を病院経営にマッチしたものに一部変更を加えて、新たに作成したマトリクス表を提示しています(以下)。

 このマトリクスでは、縦軸に疾患別の「患者数の伸び」(大・小)を設定し、各病院におけるここ数年の診療実績を、増加率が伸びている患者群と伸びていないもの患者群を分けています。BCGのマトリクスは市場全体の成長率を縦軸としていますが、日本の地域医療圏は完全な自由市場ではなく社会政策的観点のもと計画的に構築されているため、各病院が立地する医療圏での「患者数の伸び」を軸として設定しました。また、横軸に疾患別の「診療報酬収入額マイナス基本原価(診察→処方処置→手術→検査診断→リハビリまでの基本的ケアにかかる人件費、薬剤費、機械等経費、外注費など)」(大・小)を設定し、ここ数年の診療実績をDPC制度に照らして見たときの、医業収益率の高い患者群と低い患者群を分けています。この場合の大小(高低)は、各病院の保有機能によって異なります。疾病単体としては低くても、例えば急性期から回復期、さらに療養期から介護サービスに至るまで(前方から後方まで)カバーしている病院グループが、一人の患者をグループ内で連続してケアすることを前提に、「利益額の大きい事業単位」として区分することもできます。同じくBCGは(相対的)マーケットシェアを横軸としていますが、日本の地域医療制度の計画性を踏まえ、より経営業績に直結する「診療報酬の点数」を設定しました。

 こうして類型化した4つの「事業方針検討単位」ですが、それぞれのコードネームについても日本の病院経営を考量して一部変更を加えました。事業単位②を「金のなる木」、③を「問題児」とし、ここまでは日本で定着しているBCGのネーミングと同様ですが、他方の①を「看板」、④を「招かれざる客」としています(BCGではそれぞれ「花形」と「負け犬」)。

 講義のこの段階で良く聞く医療従事者のご意見が、冒頭のセリフです。「確かに“招かれざる客”かもしれないが、我々には応召義務がある」というものです。病院は公的な機関なので、「利益が少ないという理由で排除することに抵抗がある」という真摯な思いによるものでしょう。そうした場面で私は、いつも次のようにお答えしています。「日常的に意識して“花形”や“金のなる木”を増やし収益力を高めていて初めて、“招かれざる客”も余裕を持って快く対応することができるのです」。

2017/09/25

「在宅医療の充実」と共有すべき患者データ

「当院は、在宅療養支援病院として届け出ていますけど‥」

 国を挙げて、在宅医療と介護の連携推進が進められています。高齢患者が在宅で医療や介護サービスを受けられるようにするため、地域における連携のあり方をどう構築していくか、多くの関係者が精力的な取り組みを進めてきています。もちろん病院も、地域の重要な「関係機関」であり、在宅療養支援病院ともなれば、急変時の診療や一時的な入院受け入れ対応が求められるようになります。そうした病院は自ら訪問看護ステーションを設置し、ケアマネやMSWに新たな役割を与え、病棟の退院支援ナースと協働させて、地域における在宅医療・介護連携の中核的役割を果たそうとしています。

 「在宅医療の充実」のための、病院の課題とは何か。そのための地域連携、相談支援、専門研修、普及啓発、情報共有など具体的な課題が並んでいますが、そのなかで最も重要な課題は何か。その答えは間違いなく最後の「情報共有」、とりわけ「患者についての情報共有」でしょう。何より患者のことが理解できていなければ、連携も支援も研修も方向性と具体策が定まってこないからです。では、情報の具体的な共有項目とは何か。患者の名前、住居環境、病状、意思疎通能力(認知症の程度)、既往歴、収入、ADL、家族構成、対応できるキーパーソン、介護保険の適用状況、利用できる医療資源(訪問医や訪問看護)と介護資源(ケアマネや介護サービス)等々。これらのデータ収集は確かに重要ですが、ごく当たり前のことでもあります。頑張っている皆さんが行う連携なら、既に共有済みでしょう。それどころか、さらに主観的なデータも収集していると思います。患者の意思、気持ち、闘病意欲、合わせてキーパーソンの意欲、能力、関与できる時間などについて、自ら感じたり分析したりしたことを記録し、情報として共有しているはずです。

 しかしながら、「そこまで網羅的に情報を共有したのなら在宅化は完璧ですね?」と問いただすと「いやいや未だ未だ全然」と答える。続けて「それなら今後の課題は?」と聞くと「とにかく人手が足りない」で議論終了。そこから先に進めません。とはいえ高齢患者は今後さらに増える、医療財政は今後さらにキツくなるのだから、増員なんて無理。だからこそ、患者情報が重要なら、使える情報、有益な情報をもっともっと、さらにもう一段掘り起こして、活用して共有し、現状を打開して行くしかないのです。
 そこで病棟師長、退院支援担当、外来・訪看の責任者らベテランナースを集め、ケアマネやMSW部門の責任者を加え、「もっと掘り下げるべき患者情報は何か?」と問い質(ただ)し続けてみました。絞り出してもらったアイデアの利用可能性を突っ込み返す繰り返しの議論の中で、何とか見えてきた「さらなる情報項目」は次のようなものでした。

 まずは、患者の「拒否(固持)の程度」。治療上の指示や専門的なアドバイスを「固持して受け容れない」患者の状態を指標化するアイデアです。在宅医療や介護のあり方を指導しても、聞き流すだけで受け容れず、結局は再入院になってしまう(それを狙って受け容れない?)。こうしたリスクを可視化していく情報です。次に、患者の「病識の程度やIC内容の受けとめ方の変化」。患者が自分の病状を客観的に受けとめ、自分で考えて納得(インフォーム)し、客観的かつ有効な方法を自ら考え情報を収集しようとする姿勢が出てこないと、在宅医療は長続きしない。そうした姿勢変化のサインを見逃さず、ベストなタイミングで介入していくための情報です。そして、患者や家族が自ら自宅で医療処置を行う場合の「手技(技能)の程度」。痰の吸引やインスリン注射など、退院支援の際に担当看護師が丁寧に指導するものの、それがどのレベルのものか、とりわけ退院して帰宅した直後の1週間でどれだけ出来るか、どんなリスクがあるのか把握することが重要です。医療従事者が見守る病院での練習で上手く行っても、在宅時の自分の処置が上手く行くとは限らない。在宅医療は、退院日から始まる最初の1週間が肝腎。在宅医療の滑り出しを適確にサポートするため、患者や家族の対応力の実態を可視化しておく情報が必要です。

 「じゃぁ、それらのデータを数値化するなりスケールを考えるなり、患者情報として整備する方法を考えましょう!」と話を向けたら、「先生、何かそういう情報もっとありそうです‥もっと考えさせて下さい!」とのお返事。この他にも、もっともっとありそうです。「共有すべき患者データ」は継続討議となりました。

2017/09/24

院内連携のための「情報流」システム

「物流システムのように、“情報流”システムを整備するということですね」

 「物流が滞る」というのは、どういう状態を指すのでしょうか。包帯やサージカルテープなど衛生材料の物流で考えてみましょう。まず工場で製品が作られ、工場敷地内のメーカー倉庫に一時保管されます。商社や卸業者はそれを買い取ってトラックで引き取りに行き、自社の大きな物流センターに一旦運び、そこで荷分けして各地の営業所に向け分割配送し、病院グループなど大口取引先の場合はそこから直接病院へ、小口の場合はさらに小売業者を通じて、病院の用度係へと納品されていきます。この一連の製品の流れを「物流」と呼び、工場に原材料が届かなかったり、トラックが手配できなかったり、どこかの段階で倉庫がカラになってしまったり(逆に山積みになってパンクしたり)、病院の用度係にストックがなくなったり(逆に病棟の廊下に溢れたり‥)してしまうことを「物流が滞る」と言います。

 滞った物流をスムーズに流すために、企業は対策を立てます。最も簡単な方法は、多めに作って、各段階の倉庫で多めに備蓄しておくことです。でもそれでは倉庫用に広い場所を確保しなければならないので、コストが掛かって経営を圧迫します。衛生材料ならいざ知らず薬となると使用期限があるので、大量備蓄が大量廃棄になるリスクも出てきます。そのため企業は川上の工場に、川中となる卸の営業所の流通動向及び川下の小売店や末端消費者の消費動向をリサーチさせます。その結果をもとに工場は、ただ闇雲に大量生産することを止め、適正量を計画的に調整しながら生産することとし、他方、川下の小売店等は、工場の調査の限界を埋めるべく毎日の消費データを分析して工場にフィードバックしつつ、必要に応じて販促営業を強化したり、別の製品を紹介したりして、物流の最適化を図っているのです。

 病院の退院(在宅)支援プロジェクトなどで運営上の諸課題を聞いた時、良く出てくる話に「病棟やリハビリ(川上部門)の持つ患者情報が、外来や訪看(川下部門)へと流れて行かない」という現場の訴えがあります。外来や訪看のナース、MSWやケアマネジャーにしてみれば、「現場で使える共有情報が意外に少ない」「電カル上で探すのは一苦労」。つまり、物流(物の流れ)ならぬ「情報流(情報の流れ)が滞っている」ようなのです。では、その対策は何か?と聞くと、どの病院も「職種間でコミュニケーションを図り、院内連携を強化する」とのワンパターン回答。互いに話し合って頑張ろうという姿勢はいいのですが、情報の流れの川上から川下までを俯瞰し、「滞り」を調査してシステムとしての根本的改善を図ろう、という発想にならないのがずっと気になっていました。

 企業の対策としてはまず初めに、川上の工場の「ただ闇雲に大量生産する」活動の見直しに着手します。量産効果でコストダウンが図られるため、工場はついつい食べ過ぎがちです。でも胃腸が弱いのに、お得だからといってドカ食いしたら、便秘になったり体調を崩したりするのは当然でしょう。さて、ここで医療従事者の皆さんに、川上となる自院の病棟やリハビリの「情報生産活動」を改めて評価してみて欲しいのです。加算が付くから、電カルがそうなっているから、転院先に求められたからなどなど様々な理由はあると思いますが、極めて膨大な文書情報を後先考えず闇雲に大量生産していませんか?

 そうなんです、物流と同様に「情報流」もそうして滞っていくのです。物流は物を扱うので、量産し過ぎたら山積みになって目に付くし、倉庫がいっぱいになればコストが嵩むから解りやすいのですが、情報はコンピューターの中に入っているので「情報流の滞り」が実は解りにくい。しかしながら目に付かないだけで、多くの病院の情報流は既に滞っているのではないでしょうか。闇雲に大量生産して、工場の倉庫のごとく大量に山積みし、どこからどう触っていいか検討も付かない状況を放置しつつ、川下の営業所や小売店に「お前ら早く取りに来い!」「自分で探して活用しろ!」と言っているようなものかもしれません。工場における物の生産がその後の消費現場の動向分析で決まるように、病院における医療情報の生産はその後の退院支援や在宅医療の動向分析で決まる。そんな「情報流システム」構築の検討が必要になっていると思います。

2017/09/18

病院「オーナーシップ」の重要性

「“持分”のある病院は、もう設立できないんですよね」

 「持分」とは出資持分(比率)のことで、株式会社で言う「保有株式」のようなものです。会社を興すとき、出資者は株式を購入するかたちで出資金を出すのですが、その株式の保有比率によって、株主それぞれのオーナーシップ(所有者の役割や権限)が変わってきます。会社の最高意思決定機関は「株主総会」で、社長の選任や事業譲渡・合併の決定など重要事項を、株主が一株一票制の多数決で決めていきます。「一株一票」ですから、発行株式の過半数を保有する「大株主」が一人いれば、その一人の判断で重要事項の全てが決まってしまいます。これぞ「資本の論理」です。

 「持分」は、病院に残っている「資本の論理のようなもの」です。例えば病院設立時に出資者が4人いて、それぞれ25%ずつ出資すれば、その分が各出資者の所有権すなわち「持分」です。病院に多い医療法人社団の場合、出資者は「社員」と呼ばれ(「会社員」を略して言う社員ではなく、団法人の創業メンバー構成を意味する「社員」です)、それらの「社員総会」が会社の「株主総会」に当たる最高意思決定機関となって、病院の経営者たる理事長など理事の選任といった最重要事項を決めています。しかし、株式会社は一株一票ですが、社団である病院は「一人一票」です。一人に一票なので、それなりに民主主義的ではあります(資本主義的な株式会社とは異なります)。ちなみに医療法人財団の場合は、株主や社員に当たる人を「評議員」、株主総会や社員総会に当たる会議を「評議員会」と言います。

 「やっぱり病院は民主的な公的組織だから、株式会社の強欲資本主義みたいなところがなくて良いですね」という意見、医療従事者からちょくちょく聞きますが、そうそう安心できるものではありません。「病院の意思決定機関の仕組みの甘さ(自由度)」が、一人の出資者の行動一つで致命的な「資金ショート」(資金繰りが悪化して皆さんの給与の支払いが遅れたり、倒産しかけたりする状態)に陥ったり、外部の第三者の悪意ある戦略的行動一つで簡単に「乗っ取り」が行われたりするリスクを孕んでいるのです。

 先の例のように、大昔の病院設立時に25%の持分を持つ社員がいたとします。それから数十年経ち、病院が大きくなって病院の土地、建物、設備など総資産が数十億円になったとき、その社員が高齢を理由に引退しようとしたり亡くなったりして本人や関係者が持分(出資分)の払い戻し請求を行えば、その持分比率に応じて病院は「数十億円の25%」を支払わなければなりません。
 また、医療法人の持分のあり方に特別な規制はなく、持分の全部や一部を自由に譲渡することができます。株式会社なら、株式市場があり、証券取引所があり、上場基準(株式を自由に売買できるようになる基準)があり、買収のための公開取引(公開買い付け)など様々な社会制度があり、さらに売買契約、情報開示、独占禁止など様々な法律や規制があります。株式会社の企業買収は簡単にできる作業ではありませんが、医療法人の社員の持分が悪意を持つ者に譲渡され、その者やそのグループが社員総会や評議員会で議決権を行使すれば、病院経営の重要事項は全てそこで決定されてしまうのです。

 あなたは、病院の偉い人をどれだけ知っていますか? 「理事長や、理事となっている院長」は、一緒に働いているのですからよくご存じでしょう。でも、その上に、理事長の選任について議決権を持つ社員、評議員がいます。また、大株主のように大きな出資持分を持つ社員がいます。そしてその傍らに、持分譲渡から議決権を狙う第三者がいるかもしれません。それらの人たちの「オーナーシップ(病院所有者としての役割と責任、そしてビジョン)」を確認しておかなければなりません。
 ちょっと心配になってきた皆さんは一度、内閣府のこちらや厚労省のこちらで「病院のガバナンス(組織統治の仕組み)」を勉強してみて下さい

2017/09/17

健診センター事業化の経営課題

「健診センターは儲かるし、潜在患者確保にもイイんですけどね」

 病院にとって、健診は儲る事業です。そこは経営学的に、最も重要なポイントです。厚労省が民間シンクタンクに委託して行った2012年の調査報告書(こちらの48・49ページ)を見ても、それは明らかです。病院の医療外事業のうち儲かるのはクリニック、健診センター、治験施設の3つですが、収入「額」は健診センターよりクリニックがやや高いものの、クリニックは諸々コストも多くなり「益」が出にくくなっています。また、収益「率」で見れば圧倒的に治験施設ですが、こちらはそもそも市場が限られていて額が少ない。もう経営的に見ると、収益の額も多くて率も高い健診センターをやらない手はありません。その一方、残念ながら医療外事業として儲から「ない」のは、同報告書の通り保育所、訪看ステーション、居宅介護支援の3つです(だから経営的に「やるな」というわけではありません。いずれも非常に重要な事業です)。

 これだけ儲かるのに、なぜ病院は健診事業に力を入れられないのか。理由は大きく2つあると考えています。
 1つは場所と動線設計の問題です。健診は、様々な業務が一直線に並ぶラインを形成するので、工場のように広い場所で、各工程間の待ち時間が最小化するように処理ラインを設計するのが理想です。いつもの病院で、通常通り複数の外来部門がたくさんの患者を受け入れている間を縫い、健診利用者をライン動線に乗せながら随時送っていくような芸当は、自動車メーカーの最先端工場並みの管理技術を要します。1つの生産ラインで様々な車種を多様な仕様オプションごとに作り分ける、フレキシブル生産の技術です。そのレベルのライン管理技術を持つ病院は極めて少ないので、結局そこかしこで待ち時間が多くなって効率が低下し、利用者の不満が増大してしまうのです。もう1つは、人材とりわけ医師の配置の問題です。医学を修めたドクターの多くはとにかく治療がしたいのであって、健診の問診のような業務には興味を示しません(つまり医師が非協力的)。その気持ち、よく解ります。大学教授の私が「講義も研究もやらなくてよろしい。あなたは毎日、入学試験の面接だけやってなさい」と言われるようなものですから。

 周知の通り企業は、労働安全衛生法(労働安全衛生規則)のもと、雇い入れた従業員の健康診断を行う義務を負っています。とはいえ企業も従業員も大企業から中小企業まで様々で、これらからの受注チャンネルが色々あります。大企業やその健康保険組合は自社従業員のニーズを捉え、それに適合した健診プランや予約システムを提示する健診センターと契約します。また、インターネット予約システムなどをオープン化して病院や健診センターにつなぐ代行会社もたくさんあります。そして、法の規則とはいえ余りおカネを欠けられない中小・零細企業とその従業員向けに、国が国庫からコストを補助する「協会けんぽ」(全国健康保険協会)の仕組みがあります。

 さらには、それぞれを経由する企業の健診ニーズも異なっています。大企業などでは女性の雇用や管理職への登用の機会を拡大させる動きが顕著になっていますが、そうなればこれまでの男性向けのメニューを改編して行かなければなりません。「乳がん・子宮がん健診の同日利用」や「男女別ライン動線の確保(検査着姿を男性に、とりわけ同僚の男性社員には絶対見られたくない)」など、女性向けの体制整備が必要です。一方、中小企業はどこも人手不足が慢性化しているので、「とにかく早くしてほしい。待ち時間があって長引くと(会社で待っている上司が)イライラしはじめる」と訴える総務担当者が増えています。こうした様々な企業の声に耳を傾け、儲かる事業がさらに儲かるように取り組んでいかなければなりません。

複合疾患の増加と「転科パス」

「内科と整形の研修医の忙しさの違い、ちゃんと見て下さいよ!」

 その病院の医局では、整形外科ドクターの疲弊が目立っていました。骨折患者が多いのはそこも同様で、救急から入院となった患者を整形外科のドクターが主治医として受け入れていました。しかし、入院からしばらくして患者の発熱や容態悪化で肺炎が確認され、内科ドクターの診察の後、点滴抗菌薬の投与で発熱とCRP値が基準値を下回るまで骨折の手術を見合わせる、というパターンが増えています。ここで取り上げたケースは、大腿骨頸部骨折(整形外科)と肺炎(内科)の複合疾患でしたが、主治医を変更する再調整業務など医局政治的に大問題、ベッドの引っ越し移動もナース以下の大仕事となるので、その肺炎治療中の患者の主治医は整形外科ドクターのまま、病棟もベッドもサマリー担当も当然ながら手術も整形外科のままとなって、整形外科所属の医師は部長から研修医まで終日てんてこ舞い‥。これが「疲弊」の構造です。患者の高齢化に伴い、こうしたケースはどんどん増えていくでしょう。

 このとき、経営学者が考える「最大の問題」は何だと思いますか? 整形外科ドクターの長時間労働、医局間のコミュニケーション不足などいずれも大きな問題ですが、「最大」ではありません。ここで、私が最大の問題として捉えるのは「タスク間従属関係の逆転」です。これは生産管理論の視点で、以前のエントリ(こちら)でお話した「カレーの具材仕込みと煮込みが終わっているのに炊飯器のスイッチ入れるのを忘れていた」ケースと同じです。肉や野菜を切るタスクは炊飯のタスクに「従属している」のに、つまり最も時間を要する炊飯器でご飯が炊けるまでの間で、具材の仕込みやら煮込みやら「その間で処理できるタスクを填め込む(従属させる)」工程のプロセス構築が不可欠なのに、現実がそうなっていないという問題です。内科が炊飯、整形外科が具材仕込みで、整形の仕込みは内科の炊飯に従属するタスクなのに、従属・被従属間で連携がとれていないばかりか、被従属タスクを担当する内科がクリティカルな(最重点管理工程としての)役割を果たしていないのです。

 「カレーライス」が解りにくいかもしれないので、整形外科と内科の話に戻します。この複合疾患の治療で、熱とCRPが下がらないと骨折の手術が出来ないということは、整形外科の手術は内科の治療に「従属している」ということを意味します。各タスクの従属・被従属関係が明確にある複合タスクにおいては、被従属タスクを担当する部門(この場合は内科)がリーダーシップを取るのが通常の姿です。点滴抗菌薬による治療の経過観察を行い情報を共有し、後に続く骨折手術の担当者に必要なリードタイム(手術の準備をしっかり行える時間的余裕)を与え、ケースごとのバリアンス(軽快化までの想定時間の見込みが外れたケース)の原因を分析して次に備える。流れ作業におけるリーダーシップの基盤は、「待っているタスク担当への思いやり」であり「従属タスク全体への目配せ」だと考えています。

 問題を解決するため、その病院の医局では新たに(整形外科から内科への)「転科パス」の整備を検討することにしました。まず、転科の客観的基準を明確化することとし、整形外科主治医の骨折患者が「体温38.5℃、CRP値15」を上回った場合に、病棟師長などの経験あるナースが腎機能や肝機能などその他指標や患者の容態を総合的に勘案して、所見とともに「転科申請」を行い、必要に応じてカンファレンスを設ける。そして、この一連のタスクの流れを「転科パス」として組み上げて院内に周知し、担当それぞれの責任範囲を明確にしつつ、タスク執行に必要な権限を与える。クリニカルパス整備の観点で言うなら、既存の内科・肺炎パスと整形外科・骨折パスをつなげる「転科パス」は、言わば「バイパス手術のグラフト」のようなものです。

 「こんな面倒なことしなくても、昔なら、院長のリーダーシップでちょっと話して、すぐ調整できたんだけどなぁ‥」(整形外科の年配ドクター)、「それができないから現場が疲弊してるんじゃないですか?」(私)。そんなやりとりで、静にコンサルティングが終了しました。

2017/09/12

MSWによるセグメンテーション

「“顔が見える連携”なら、“顔を見に行くアタックリスト”を作って下さい」

 戦略的な地域医療連携のための第一歩こそ、セグメンテーションの実践です(詳しくは、こちら)。セグメンテーションとは、医療で言えば「様々なニーズや特性をもとに、患者や連携先を分類する作業」です。作業の担当者を決めるとすれば、MSW(医療ソーシャルワーカー)が最右翼でしょう。MSWこそ日々、患者・家族と接し傾聴してニーズを探り、前方後方の病院・施設のMSWと連絡を取り合って連携のあり方を模索している専門職だからです。
 さぁ、病院内のMSWを集め、マーケティング研修の始まりです。その第一時限目が、この「セグメンテーション」です。

 まずは、患者セグメンテーションです。とにかく「分ける」作業なのですが、分けるためには「分ける軸」が必要です。これまでの入院患者リストを手元に、患者さんの年齢、男女、住所、病名などの基礎的属性で分けるところから始めます。研修出席者の皆さんに「どんな属性の患者さんが多いですか?」と聞けばたいてい、「後期高齢者、女性、ご近所、骨折関係(頸部骨折or圧迫骨折)+α(心不全などの複合疾患)」なんて返事が返ってきます。次はちょっと難しくなります。今度は患者さんと家族の「心理的状態や行動パターン」で分けてもらいます。例えば、家族関係、同居か独居か(家族が遠くにお住まい)、認知症の程度、在宅環境(家の中はゴミ屋敷だったり‥)、本人の生活能力(要支援か否か)などです。分類基準は何でも構いません。これまでのケースをもとに、自由に分ける作業を行って頂きます。

 そして、連携先セグメンテーションです。今度は病院の機能(立ち位置)によって少々視点が異なってきます。急性期なら連携先は後方中心、回復期や療養期なら前方と後方の双方となるでしょう。施設を分ける作業なので、そのための分類軸(基本的属性)となると、施設機能、病床数、診療実績(DPCデータ)、所在地あたりでしょうか。同様に「どんな属性の連携先が多くなっていますか?」と聞けば、その病院のタイプ別にパターンが決まってきます。例えば、整形外科・内科とリハビリを主とした小規模回復期病院であれば、「前方、急性期、大規模、骨折」となるでしょう。さらに同じく少々複雑な「心理的契約や連携パターン」による分類も行ってもらいます。この回復期のケースなら、前方病院の看護・リハビリの質(「あそこは褥瘡が多い」「ADLのデータと実態が合わない」)、MSWの質(「反応が悪い」「人が直ぐ辞める」)など、これまでのケースをもとに、自由に分けて頂きます(ここまで来ると出席者は言いたい放題、結構愉しそうです)。

 さて、セグメンテーション研修はいよいよ佳境に入ります。分類してもらった「患者セグメント」「連携先セグメント」のそれぞれをホワイトボードに並べて書いて、全員でブレーンストーミング(自由な発想での企画会議)をして頂きます。「1つのセグメントで十分な医業収益を確保できる規模があるのはどれか?」「最も競合の少ないセグメントはどれか?」「最も効率化が可能なセグメントはどれか?(それはどんな方法か?)」「自院の医師やスタッフは、どのセグメントを得意としているのか(逆に、苦手としているのか)?」「どのセグメントに特化すれば(を強化すれば)、地域自治体や連携先施設に喜ばれるか?」「理事長以下、病院スタッフ全員が共有する理念を最も良く体現できるのは、どのセグメントか?」などなど何でもOK、事例を含めて喧々諤々の議論をしてもらいます。すると、セグメントやセグメントの組み合わせに優先順位が見えてくるので、それぞれのセグメントに入っている病院等を上からリスト化すると、MSWが訪問して「顔を見に行く」べきアタックリストが浮かび上がってくるのです。

 最後に私から、「研修お疲れさまでした。では、そのアタックリストを持って、理事長、院長、看護部長、関連する診療科部長(例えばリハビリ部長)、事務長のところに行き、議論の内容を説明して、ご意見をもらってきて下さい」。これで第一時限目終了です。

地域医療連携の「目的と手段」

「地域医療連携の重要性は判っていますが、でもどうすれば‥」

 余裕ある最新施設に最高のスタッフを多数揃え、医療圏の患者を全て受け入れて、その全てに最適かつきめ細かな医療を施す。それが可能なら、医療機関としての社会責任をしっかりと果たし、地域に胸を張ることができるでしょう。しかしながら現実問題として、それは理想に過ぎません。施設面もスタッフ面も、余裕のある病院はごく稀です。医療資源は現時点でも相当限られていて、今後はもっともっと厳しくなります。理想の地域医療を現実化させようとすれば、それは経営側が膨大なコスト支出を覚悟するか、現場の労働力に多大な負荷をかけるか、のいずれかの選択になってしまいます。

 医療者には応召義務があります(医師法19条)。たとえ深夜でも、休診日と設定した曜日であっても、急患があれば診療しなければなりません。その一方、現代の地域医療では、機能の分化、分担・連携と適正な配置(ポジショニング)がなされています。夜間に救急を受ける機能や集中的に高度な医療を提供する機能(ショートポジション)、中長期にわたって回復・療養を支援する機能や在宅復帰後の在宅医療を支援する機能(ロングポジション)という二つのポジションが、それぞれ分化するとともに融合しています。その他にも診療科など、得意分野別の分化、分担があります。これら高度に分化・分担された地域医療のシステムが高度に連携し、地域全体で応召義務を果たしているという解釈があって初めて、個別レベルで「受け入れを拒む」ことが可能となるのでしょう。

 以上の環境を踏まえ、各医療施設運営の「効率」を求めつつ、患者が求める医療「効果」の最大化を図る方法こそ、皆さんがた医療従事者が常日頃から重ね重ね仰る「地域医療連携」です。とはいえ現状はどうでしょうか。はっきり申し上げれば、「言うは易く行うは難し」にあるのが現状でしょう。効率的かつ効果的な連携は遅々として進まず、相変わらず各経営のコスト負担と各現場の労働負荷に頼り切っているのが実態です。「受け入れを拒」めば「たらい回し」とまで言われます。では、なぜ進まないのでしょうか。私は、「地域医療連携」はあくまでも目標・目的であって方法・手段ではない、医療者の皆さんはそこが整理できていないのではないか、と考えています。もっと言えば後者の「手段・方法」のアイデア不足、連携のために何をするか、の「何」が未だ未だ足りないのです。

 「手段・方法」として現在行われているのは、大きく「地域連携パスの整備」と「顔が見える連携(地域レベルでの会議開催)」の二つでしょう。非常に堅実で、網羅的な取り組みだと思います。皆さん各自の職場での激務をこなした上で地域の会議に出席しているのですから、本当に頭の下がる思いです(不真面目な私には真似できません)。しかしながら敢えて言わせて頂ければ、そこには「戦略性」がない。経営学的に格好良く言えば、「戦略的マーケティング」がないのです。
 この流れで考えられる定石的な「手段・手法」は、マーケティング活動の第一歩「セグメンテーション」だと思います。英語の直訳だと「分割、分裂」、経営学(マーケティング論)の定義だと「不特定多数の人や組織を同じ特性やニーズを持つ固まり(セグメント)に集めて分け、それぞれに特化する対応をとって、自らの内部効率性と外部との競争力を高めること」です(こちらにつづく)。

2017/09/11

アウトプットから「スループット」へ

「スループットとか、初めて聞きました」

 いま私はパソコンでワープロを立ち上げ、この原稿を書いています。文章が出来上がったら、パソコン画面で印刷指示を入力(インプット)しプリンターから出力(アウトプット)するのですが、昔は「“印刷”をポチっ!」から「プリンターから紙がガぁー」までソコソコ時間が掛かっていました。マウスでポチっとすると、パソコンが静かに「スコスコ」言った後、プリンターが騒々しく「ウィンウィン、ギーガチャ、ギーガチャ」と10秒弱唸り続け、その後しばしの沈黙があってから「(紙が)ガぁー」、でした。それが最近は、明らかに機械の性能が向上しています。いまは、ポチっから1~2秒でガぁ-です。

 このパソコンとプリンターの変化は、経営学で言うところの「スループットの向上」です。スループット(through-put)とは「処理力」を意味し、IT産業や製造業では「一定時間当たりの処理量・処理スピード」と定義されます。マウスを「ポチ、ポチ、ポチ、ポチ」と連打して、一定の時間内で「ガーーーー」と何種類の印刷が出せるか、という能力です。文字通り、「through(通して)put(置く)」能力のことです。毎日の何気ない文書の印刷も、コンピュータのCPU(中央処理装置)の能力が向上して、様々な情報インプットによるたくさんの指示もサクサクこなせるようになり、プリンター内部でもローラーを組み合わせた紙送り技術が向上し、給紙から転写そして排紙のシステムが効率化されました。インプット(印刷指示)とアウトプット(印刷)の間にある概念が、このスループット(処理速度)なのです。

 インプットからアウトプットまでの処理スピードと処理量がスループットなので、文章そのものの入力もインプットだとすると、モノ書きとしての私のスループットは、「キーボードを叩き始めた時点から原稿の出稿までの時間」、そして「時間当たり何編の原稿を書き、編集者に入稿できるか」という執筆能力を表す尺度となります。アイデアが思いつかず、キーボードの上で両手の動きが止まりウンウン唸っている私は、さながらスループットが低い一昔前のプリンターです。さらに、私が持っていたプリンター自体も反応が悪く印刷時間が長いのですから、スループット的には最悪な組み合わせとなるのでしょう。

 実は、病院に勤める医療従事者の皆さんは日々、この「スループット」に向き合っています。理事長や看護部長が毎日のように叫ぶ、「診療計画書はその日に出せ!」「シームレスな(滞りなく流れるような)チーム医療を!」「ベッドは稼働していて当然!」「ベッド1台当たりの患者回転率を引き上げよ!」「退院支援を強化せよ!」「平均在院日数は可能な限り短く!」などのお小言は全て、経営学で言う「スループットを引き上げろ」を意味する指揮命令です。「救急は断るな!」「MSWは患者を取りに行け!」というインプットや、「受け入れ特養を探せ!」「訪看や小規模多機能を使って在宅化を推進!」などのアウトプット戦略も重要ですが、その間にある肝腎のスループットが滞ったままでは、病院経営内部の本質的な構造改革は何時まで経っても成し得ないのです。

 日本企業の製造現場は、全社的なスループットの引き上げを目指し、各担当部門の一人一人が話し合い、互いに連携しつつ、涙ぐましいほどの「小さな小さな工夫」を積み重ね続けています。生産計画を立て、計画書を共有し、毎回のように見直し、それに合わせて生産ラインを組み、全体のスピードを考え、生産しながら計測し、ちょっとしたボトルネック(流れの滞留)も見逃さず、必要に応じてラインを組み直し、各部門が数秒ずつ短縮させ、工場のライン全体で数分短縮できたら大成功です。さながらオリンピックで銀メダルに輝いた、男子陸上400mリレーのバトンパス技術のようです。
 少なくとも製造業では、「計画をいくつか標準化(パスを整備)」「顔が見える連携が必要」「互いの仕事内容を理解すべき」「リスペクトし信頼を育む」なんてレベルではお話になりません。

2017/09/10

情報社会の「患者アウトカム」

「その治療の成果は、患者の求める“アウトカム”になっていますか?」

 貧しい時代、社会が求めていたのは「アウトプット」(生産量)でした。明日食べるものがない、お店に行ってもモノがない、の無い無い尽くしで、市民は様々なものに飢えていました。それを見て立ち上がった事業者が、生産を始めます。作ったそばから売れていくので、大量に作った事業者が評価されました。さらに、貧しい市民はおカネがありません。それゆえ出来るだけ安価なモノが求められていました。事業者はインプット(資材投入)にコスト(経費)とマージン(利益分)を乗せて価格を決めますが、それを抑えるために、大量生産を志向しました。量産効果でコストダウンが実現するからです。その意味でも、量産つまりアウトプットの量的拡大が大きな目標になっていました。

 豊かな時代に入り、店先にモノが溢れるようになって、単なるアウトプットは評価されなくなりました。何かモノを作った、事業者がアウトプットしただけのモノに、消費者は見向きもしなくなります。消費者はモノに飢えているわけではなく、消費者が価値を見出したモノしか売れません。事象者が生産し売り出すアウトプット(生産物)によって、何らかの成果、効果、価値、満足が得られると消費者が確信したとき、消費者はそれを購入します。しかし、その「何らかの成果、効果、価値、満足が得られなかった」とき、消費者は不満を持ち、その事業者を低く評価し、社会に訴えます。消費者の「何らかの成果、効果、価値、満足」こそが、この時代の「アウトカム」(成果)なのです。

 さて、これらを医療に置き換えて考えてみましょう。肺炎で発熱している患者を診察し、診療計画を定め、入院させて点滴抗菌薬を投入(インプット)します。幸いそれによって炎症が抑えられ、CRPが低下し熱が下がったとします。このときの「体温37.4度以下、CRP10mg/dL以下」という状態及びそれを示すデータ、これが医療の「アウトプット」です。しかしながら多くの患者は、このデータを客観的に評価することができません。「貧しい時代」が求めた工業社会は、「豊かな時代」に入り、既に情報社会へと変化しています。豊かな時代の患者の場合、そのアウトプット(治療結果のデータ)に「成果、効果、価値、満足」を感じられなければ、それは「アウトカム」ではないのです。「抗菌薬のインプットによって、私たちは下熱と炎症回復というアウトプットを得た。もう治療することはない。退院して欲しい」と医療従事者が説明しても、患者は「まだ私のアウトカムは来ていない。あなたのアウトプットに私は価値を感じないし、満足できていない。退院など論外。満足のいく治療をして欲しい」と出張し、両者の議論は平行線を辿ってしまうのです。

 現代の豊かな情報社会においては、医療におけるアウトカムの目標は、あなたの患者が「何らかの成果、効果、価値、満足を得た」と感じるレベルに設定しなければ意味をなしません。患者が「成果、効果、価値、満足」を感じない限り、そのアウトカムは貧しい時代のアウトプットに過ぎないのです。医療従事者の出したアウトプットを、患者と家族がアウトカムとして評価できるように、解りやすい情報提供、客観的かつ相対的な状況説明、インタラクティブな(対話を介した)評価指導が徹底されなければなりません。「患者のアウトカム」のハードルは、情報社会の進展とともに、加速度的に高まってきているのです。

2017/09/09

自ら行う地域医療マーケティング

「凄い! まるで経営コンサルタントみたいですね」

 コンビニであれクリニックであれ、新たに出店(開業)する場合は、予定あるいは検討している地域の基本情報を分析します。とりわけ、その地域の「人口」です。人口の多いところに出店(開業)すれば、たくさんの来客(患者)が見込めるはずです。大手コンビニチェーンなどには「(出店調査のための)地域マーケット分析」を専門に行う部署があって、エリア内の人口や気候など基本データのほか、学校やホテルなど人が集まる施設の立地、スーパーや酒屋など競合店の立地、駅の乗降者数や道路の交通量、地域イベントの年間スケジュールなどを綿密に分析して、出店先を決めています。

 こうした「出店マーケティング」は今でこそ当たり前ですが、由緒ある病院が開業した数十年前は、こんな分析調査はありませんでした。もちろん、その関係の専門部署などもっていません(医療事務だけで精一杯なのに、ましてやマーケティング部なんて‥)。しかしながら、数十年も経てば、周囲の環境も大きく変わってきます。例えば、新しい駅ができた、大規模商業開発があった、大きなマンションができた、あるいは逆に商業施設が撤退したなどなど、地域の環境は変化しています。こうした時、多くの病院は、外部のコンサルタントに頼ってしまいます。クリニックの新規出店の際も同様でしょう。「医療が専門なのだから、マーケティングなど専門外の仕事は外部に任せたほうが良い」。ある意味、それも真理です。

 とはいえ私は、病院の皆さんが「自ら、地域マーケティング分析」を行うよう勧め、積極的に指導しています。理由は、「自分らの働く地域のことは自分らが一番知っている」(経営コンサルタントはみな優秀ですが、その地域に住んで働いているケースは極まれです)こと、そして「情報化が発達して、昔に比べ分析が簡単になった」(インターネットにつながったパソコンがあればOK)からです。

 さて、私が住んでいる東京都世田谷区で、それをやってみました。Google検索で「世田谷区_人口_町丁別」と検索すると、「世田谷区の町丁別人口」という世田谷区役所のホームページがヒットします。そこをクリックして区の統計情報のページに入り、そのなかで「年齢別人口」→「平成29年(2017年)」→「北沢地域(町丁別)」と進んでいくと、「○○何丁目」ごとの年齢別人口が全て入ったエクセルファイルが出てきます(こちらです)。そのファイルには、「自分の住む地域(丁目別)で、ことし何人の子どもが生まれたか(ゼロ歳の数)、75歳以上の高齢者が何人いるか」などが全て出ています。役所のデータですから、もちろん無料です。毎年度、データが蓄積されています。それらを分析することで、病院周辺の人口動態が克明に分析できるのです。エクセルをちょっと使ったことがあれば、誰でもできることです。ただし、東京などの大都市や地方の中核都市はこの情報公開レベルにありますが、過疎地域の自治体だとここまで出ていないかもしれません(公開はPDFファイルのみ、など)。でも、そうした自治体では「人の付き合い」が逆に密なので、ぜひ役場の人に電話して直接問い合わせてみて下さい。

 さらに「おススメ」したい方法があります。それは、こうしたマーケティングを事務職員ではなく、OTと高齢患者さん達の作業療法としてやってみてもらうこと。部屋に地域の白地図(役所で売っています)を大きく広げ、みんなで「塗り絵」作業をしてみて下さい。「その一角は高齢人口が多いから赤に塗ってね!」(OT)、「あぁ、ここは特養があるから多いんだね」(パートさん)、「あのね、この土地は昔、沼地でね、私ね、小さい頃ここで遊んでね‥」(患者さん)などなど、ワイワイがやがややりながら、その土地の歴史と今を知る。これこそ究極の「エリアマーケティング」だと思います。

2017/09/08

財務諸表と筋トレダイエット

「全く解りません。一言で説明するとすれば、どんな感じになりますか?」

 貸借対照表(こちら)も損益計算書(こちら)も、会計関係の文書(財務諸表)がとにかく苦手で、「どこからどう見て良いのか、全く解らない」と仰る医療従事者が本当に多いと感じます。そうした声を聞くたび、手を変え品を変えイメージだけでも理解して頂こうと色んな言葉で説明したりしていますが、「何となく解った気がする」という反応があるのは以下のような例え話です。

 ダイエットに励んでいる人や、筋力強化トレーニングに取り組んでいるアスリートがいたとします。まず、ダイエットやトレーニングに入る前に内臓脂肪CT検査をして、お腹周りを輪切りにした画像を撮ります。その後、専門家によって期間を設定しプログラムが組まれます。現状の把握から目標を定め、その間どのような種類の食事をして、どのような種類の運動をするのか計画を立てます。その実行は、それぞれカロリーを計算しながらプログラムを消化していくのですが、同時に体重やBMIなどの解りやすいデータ指標を設定し、プログラムの進捗に合わせて指標の変化を追い、経過を記録した進捗報告書が作成されます。そして、定めた期間が来たら、もう一度CT検査をして画像を撮り、実際のどの脂肪がどの程度小さくなったのか確認します。OTやPTの方々がリハビリでいつもやっていることなので、容易にイメージできるでしょう。

 ここで会計の世界へアタマを切り換えて下さい。このダイエットやトレーニングに取り組む「人」、これは「病院」です。そして、そのプログラムに取り組む「期間」、これが「事業年度」です。日本の場合、企業や病院など事業組織の事業年は「毎年4月1日~3月31日」となっています(法制度上は、事業年を何月から始めても構いませんし、期間の日数が1年に満たなくても構いません。各組織が自由に決定できます)。

 さて、ここから財務諸表が登場します。「期間」の節目に撮った「CT検査画像」、これが「貸借対照表」です。CT画像には、その人の胴回りとその内部の骨の太さや筋肉や内蔵や脂肪などが「面積」で可視化されているはずですが、「貸借対照表」には、その「病院」の土地や病棟建物や購入設備や銀行預金などが「価格」で可視化されているのです。そして、プログラムの実施期間に入って様々な取り組みを綴った「進捗報告書」、これが「損益計算書」です。報告書には、期間内に食事によって摂取した総摂取量と同じ期間内に消費した総消費量が記録されるとともに、併せて有酸素運動や筋力トレーニングなどの活動をどのようにどれだけ実行したかが記録され、それらを「カロリー」で可視化しています。これと同じように「損益計算書」では、期間内に入った診療報酬の総収入量と同じ期間内に使った経費の総コスト量が記録されるとともに、併せて診療科別などでどのような活動がどれだけ実行されたのかが記録され、それらを「金額」で可視化しているのです。さらに、期間つまり年度が終わった次の節目に再度CT画像を撮って体内の脂肪と筋肉がどの程度変化したかを確認するように、年度終わり時点の貸借対照表で預金(キャッシュ)と病棟設備の変化を金額の動きで確認しているというわけです。

 例えて言えば、さながら「預金は脂肪、病棟設備が筋肉」で、適切な体幹バランスがとれるよう組まれる「プログラム計画は病院予算」です。財務諸表は、カラダの現状と変化の推移を確認する重要な文書なのです。

2017/09/07

多職種連携のための “communication”

「IPWが上手くいかないので、マーケティングとリーダーシップを教えて下さいませんか?」

 私の専門が経営学だと聞くと、このような話を向けてくる病院経営者が結構いらっしゃいます。まさに、国を上げての地域包括ケアシステム構築が求められるなか、IPW(Inter-Professional Work:専門職連携)の生産性引き上げは喫緊の課題です。地域に密着する病院はいずれも、在宅医療に向けた退院支援の推進に熱心ですが、そのためには医師、看護師(プライマリー・退院支援・訪問看護ナース)、療法士(OT・PT・ST)、MSW、ケアマネジャー、介護福祉士など関係「専門職」の「連携」が絶対不可欠となるからです。

 「連携!」の掛け声は良いとして、患者ADLの向上、在院日数の短縮、再入院率の削減など実際の生産性データは思うほど芳しくなく、多くの理事長が歯がゆい思いをしています。その理由としては、①患者視点が欠けていて、患者ニーズをしっかり捉えられず、また②専門職同士の相互理解が不十分で、それぞれのモチベーションが活性化されていないため、結果としてIPWチーム医療のシナジー効果(相乗効果)を十分に引き出せない現状がある、と考えられています。それゆえ、①の「患者視点と患者ニーズ」を捉えるために、経営学の「顧客志向マーケティング」を、そして②の「相互理解とモチベーション」を高めるために、同じく経営学の「組織リーダーシップ」を、病院の専門職たちに是非教えてあげて欲しい、とうことなのかと思います。

 そんな懇親会などでの立ち話の多くはその場限りのものなので、そうした話の流れでは病院経営者の方々に、とりあえず「自ら考えるヒント」をお伝えすることにしています。それが標題、“communication”の言葉の語源と意味です。
 communication(コミュニケーション)の語源と意味は、単なる「対話」ではありません。元々はラテン語の“communicatio(コムニカチオ)”が語源となっていて、その意味は、“share(シェア)”つまり「分かち合うこと」です。また、単語そのものをスペルから分解していくと、接頭辞の“com-(ともに、一緒に)”に、“municipal(自治の仲間=地方自治体の)”の意味を持つスペルが続き、最後は“-cation(-化)”で終わります。これらから考えると、コミュニケーションという言葉には「課業の“シェア”と業務の“共同自治”化」という目的的な意味が込められていると考えられます。現代でいう「対話」を手段としながら「仕事のシェア(分かち合い)と業務の共同自治(自らの責任による自らの処理)に向けて活動するさま」を表しているのです。

 マーケティングもリーダーシップもいずれも、経営学の主要科目です。これらの講義研修を新たに企画してしまうと、これまたもっともらしい膨大なコンテンツと学習メニューが提示され、真面目な医療従事者の皆さんはそれらのメニューを日々こなしていくことに傾倒してしまうでしょう。「真面目なスタッフ」にまず提示すべきは学習メニューではなく、本質を表すキーワードだと思います。IPW(専門職連携)が今ひとつと感じた場合は、第一に、業務全体の「仕事を分解」(WBS:詳しくはこちら)して関係専門職に改めて「シェア」し、第二に、各仕事における担当者の「責任を明確化」させて自らチームで「共同管理」する仕組みを作り、そして第三に、その仕組み作りに向け、担当者間での「対話」を継続させる。まずはこれだけ、で現場を見直してみることが肝要です。

2017/09/06

人材も「仕分け」てみる

「話す人が決まってますから、何を議論しても結論は一緒です」

 病院にはいろいろな会議やカンファレンス、打ち合わせがあります。それらミーティングには、大きく二つの種類があります。一つは、決められたポイント項目を確認し、情報を皆で共有するためのもの。例えば、日々の「申し送り」や定例の経営会議などです。情報が的確に隅々まで伝達されるなど、効率的側面が重視されます。メールやテレビ会議システムを使ったIT技術が導入されたり、ダラダラしないよう立ったまま行うなど「進め方・運営の工夫」が求められます。もう一つは、課題や方向を設定し、皆で自由に議論して、何らかの目標や結論を得ようとするもの。例えば、症例検討のカンファレンスやプロジェクトの企画会議などです。白熱した議論に全員を参加させるべく、教育的側面が重視されます。技術的・経営的な課題に取り組ませたり、専門家を招聘したりするなど「討議内容の工夫」が求められます。

 これら「ミーティングの質」は、経営者が最も気にするポイントです。精密なコードで適確な情報がトップからボトムへとスムーズに流れ、組織全体が効率的に整然と動いていく。また、現場のボトムで働くスタッフが気後れせず議論に入り、トップが傾聴して真摯に受け答え、同じ方向を向いた組織全体が活気と熱気に満ちていく。こうした雰囲気が確認できた経営者は、少しぐらい平均在院日数が伸びても病床稼働率が伸び悩んでも、気にしたりしません。こうしたミーティングができているなら、悪い数字も「三寒四温」の「三寒」の一つに過ぎない、と余裕が持てるからです。
 経営者が様々な会議に顔を出し、「ミーティングがスッキリまとまってるね」、「議論がしっかり出ていた企画会議だったね」と満足できていたとしても、しかしながら実は、その背後に大きな構造的問題が横たわっていたりすることがあります。意外に見過ごされがちなポイントです。

 そのシグナルが冒頭のスタッフの、何気ないセリフなのです。経営者目線で見れば、「あのミーティングも、その企画会議も、○○さんのリーダーシップがあったから。○○さんこそ次世代のリーダーだね」。とはいえ、でも現場はそれほど上手く行っていない。多職種協働、チーム医療、全員経営など、そう言えば依然として掛け声だけに終わっている。そんな状況や展開、心当たりありませんか?
 性善説で考えれば、きっと「その○○さん」は患者を思い組織のためにと、一生懸命頑張っていると思います。逆に性悪説で考えれば、「○○さん」は会議で自己実現、自己確認したいタイプが、経営者へのアピール兼ねて発言しているだけでしょう。そのどちらかは、実際見てみないと判断できませんが、そうした状況を全体から打開し、組織の問題を体幹からほぐしていくノウハウがあります。

 是非、会議や打ち合わせのグルーピングを一つでも、「人材のタイプで仕分け」して実施してみて下さい。私が研修のグループワークで、まず最初に行う作業です。常に声を出して会議の場を仕切るリーダータイプだけ集めた会議、リーダーのリーダーシップに協力(あるいは迎合)して場を持たせようとするマネージャータイプだけ集めた会議、リーダーとは一線を画し個人プレーの仕事に走る職人タイプだけを集めた会議、残業はせず仕事は効率化第一で会議では早く終われと押し黙っているワークライフバランスタイプだけを集めた会議です。
 きっと、場の雰囲気やコミュニケーションの展開が、いつもの会議と違ったものになるはずです。「仕切屋」タイプばかりが集まれば、発言のチャンスは減りますが、各自は話す内容のキレを上げようと切磋琢磨します。押し黙るタイプばかりを集めれば、誰も話さない気まずい雰囲気に耐えきれず、誰かが口を開き話し出します。こうして発言の場のレベルが上がり、その場に四方八方から多様な人材が出てくるようになるのです。

2017/09/05

医師と看護師の「働き方改革」

「もう毎日忙しすぎて、とにかく政府に何とかしてもらいたい一心ですね」

 2017年の東京の夏は雨ばかりでしたが、霞ヶ関の労働界隈は非常にホットな夏でした。政府は前年の夏「働き方改革担当大臣」という新ポストを設置し、翌年ことしの春「働き方実行計画」を発表しました(詳細はこちら:首相官邸HP)。そして、この夏、その法律案がまとめられています。法案に対し各方面から反論が出て、それをマスコミが取り上げ、国民的議論になってこじれて廃案‥という流れは隣国のミサイル発射と核実験ニュースにかき消されそうなので、この秋の臨時国会法案提出が順当かな?と考えています。そして国会通過で成立すれば、速やかに周辺のガイドラインや施行細則が整備され、翌年あるいはその次の年度はじめから法施行、新たな「働き方」が始まるということになります。

 「で、何を改革するのか?」ですが、大きく二つ「時間外労働の上限規制」(労働基準法、労働安全衛生法などの改正)と「同一労働同一賃金法制」(パート労働法、労働契約法などの改正)が目玉です。
 「時間外労働の上限規制」については2016年の秋、大手広告代理店社員の自殺が過労死と認定されたことが背景にあります。これをマスコミが大きく取り上げ、長時間労働が社会問題となりました。これらを受けて政府は、時間設定に関する紆余曲折の議論の結果、時間外労働の上限を「原則月45時間、年360時間、特例の場合は年720時間」と設定しました。さらに、従来まで猶予されていた中小企業にも「割増賃金率」を新たに適用し、年収1,075万円以上(「平均年収の3倍以上」という基準)の人なら一定条件の下で長時間労働も可能な「成果型労働制」(高度プロフェッショナル制度)を新たに設けました。
 一方、「同一労働同一賃金法制」については、いわゆる「正規・非正規間の格差」が、長らく社会問題としてマスコミに注目されてきたことが背景にあります。これを受けて政府は、短時間パートも有期契約もいずれも、職務内容が同じなら正規と「均等待遇」にするよう求め、「賃金などの待遇決定は個別の労使決定が基本だが、不合理な待遇差は是正が必要」という理念を掲げた法律を新たに作り、労働者からの裁判が増えることを前提に、各職場に「職務の成果、意欲、能力、経験」の司法判断要素を整備するよう規定を設けるとしています。

 これらは「法制化」つまり法治国家の法律ですから、もちろん医療の現場にも原則例外なく適用されます。
 時間外労働(残業)の上限については、年720時間のほか「休日出勤を含み2~6ヶ月平均で月80時間以内、休日出勤を含み単月で月100時間未満、月45時間を上回るのは年6回まで」とする「過労死基準」も法制度に加えられます。しかしながら医師については、医療現場の現実と応召義務の存在が考慮され、とりあえず「適用除外」となりましたが、「2年を目処に議論して規制のあり方をまとめ、法改正5年後を目処に規制を適用」する方向が示されています。今のところは先送りとなっていますが、今後の「ウルトラC」(例えば、医師を「年収1,075万円以上」の枠に組み入れる等)もあり得ないことではありません。
 一方、同一労働同一賃金の法制化については、「同じ職務で、同じ責任の程度」なら賃金などの条件を「均等待遇」にしなければなりません。女子型雇用の看護師では、出産後に職場復帰する際、子育てと両立させるために短時間の非正規形態を選択する人が多くいますが、これらの賃金条件の実態は「正規と均等待遇」になっていないケースが結構あります。さらには従来からの、いわゆる「正看・准看間の同一労働同一賃金化」問題もあります。これから育児のママさん看護師には朗報ですが、マイナス改定に喘ぐ病院に賃金アップの原資はなく、病院経営者には頭の痛い法制化です。残念ながら裁判は増えていくでしょうし、逆に正規側の賃金条件が下げられたら、大混乱は必至です。

 政府の「働き方改革」は法案整備など着々と進んでいます。医療の現場も、真摯に対応していかなければなりません。(その後のエントリはこちら

「損益計算書」の読みかた

「入ったカネから出て行ったカネを引いた、残りが儲けってことですよね」

 その通りです。損益計算書は、2大「財務諸表」のうちの一つですが(もう一つは、こちら:貸借対照表)、その作成目的は経営成績の明示、つまり「利益」を示すことです。これは企業も病院も変わりありません。「病院は営利追求を目的とした組織ではありません!」とか、経営学者イジメはなしです。病院は確かに非営利組織ですが、社会の中に存在する立派な「法人」、皆さんの病院の名称も「○○医療法人○○会○○病院」となっているはずです。法的に人として認められ、様々な権利を与えられて活動をしている訳ですが、同時に義務も果たさなければならない。日本国憲法「三大義務」のうちの二つ、「勤労の義務(しっかり働いていますか?)」と「納税の義務」の後者を果たす上で、その納税額を決めるのがこの損益計算書です。利益が出て黒字だったらそれなりの税額を、利益が出ず損失ばかりで赤字だったら最低限の税金を、法人として納税しなければなりません。それゆえ非営利組織でも、会計期間の利益を算出し税額を確定させるために、損益計算書をしっかり作り込まなければならないのです。

 税額確定のついでと言っては何ですが、損益計算書は、自らの利益(あるいは損失)が、具体的にどのような活動によって生じた利益(同じく損失)なのかを、背景や要因ごとに分類して整理しているところがミソになっています。利益が上がる背景や要因は色々あります。「皆さんが頑張ったから」だけではありません。例えば、「何を頑張った」によって利益は変わります。DPCの点数の高い患者さんのケアで頑張ったらグンと上がるし(医業収益)、低かったら余り上がりません。他にもあります。例えば、病院の駐車場が市街地にあり利用者が多かったりして、その料金収入が好調だったら上がるし(医業外収益)、病院が持っている土地を売却したりしたら上がります(臨時収益)。

 一方、利益が下がる背景や要因(コスト要因)は、医療従事者の皆さんにとってもっと重要です。例えば皆さんが、毎日の衛生材料を無駄に使っていれば下がるし(材料費)、働かない人にたくさん賃金を支払えば下がるし(給与費)、リネンなどの業者さんが料金を値上げすれば下がるし(委託費)、稼働しない高額機器がたくさんあれば下がるし(設備関係費)、大勢の人が研修に行けば下がるし(研究研修費)、人材が採れないからと寮としてマンションを借りたりすれば下がります(福利厚生費:経費)。他にも、皆さんのお仕事に関係ないところにもまだまだあります。理事長がクルマを買い換えれば下がるし(減価償却費)、病院が銀行融資を受けて病棟を建て替えたりしていて、その利息が高かったりしていれば下がるし(医業外費用:支払利息)、病院が病棟拡張用に土地を持っていたりしたけれど、やっぱりやめて売ったときに売値が買値を下回ったりすれば下がります(臨時費用)。

 近年では、診療科などの部門別に損益計算書を作成する病院も多くなっています(セグメント情報)。病院全体では利益が出ていても、内科、外科、小児科などに分けて見るといろいろと違いがあったりして、ただでさえ仲が悪い診療科間の「争いの種」になったりしています。また、多くの病院には関連のMS(メディカルサービス)法人があり、病院本体の利益や損失が、それらに移転されているケースもあります。ですので、これら関連法人の損益計算書もチェックしなければなりません(連結会計)。

2017/09/04

作業には、クリティカルな「順序」がある

「退院間近になって介護保険申請とか、普通ありえないでしょ」

 既婚者・子ありの「ママ・ナース」を研修で集め、自宅でカレーライスを作る話をします。冷蔵庫のなかスッカラカン、まずは買い出しにスーパーに行き、とりあえずカレーの材料は一通り揃えた、とする。子ども達はお腹をすかせて待っています。そこで「さて、最初の作業は何ですか?」と質問します。病院ではナース、自宅ではママをしている彼女たちの答えは十中八九、当然のことのように「そりゃ先生、まずお米研いで炊飯器のスイッチをカチャ、に決まってるでしょ」。

 「大正解です」と軽く褒め称えた後、私はダメな例として、大学のゼミ夏合宿で大学生がよくやるパターンについて話をします。湖畔や山林のコテージから、男子を中心にクルマに乗って買い出しに行って、女子は合宿所に残ってキッチンの確認。買い出し班が戻ったらテーブルに材料を広げ、男子女子ワイワイがやがや肉を切って、危なっかしい手つきで野菜を切って、キャーキャー言いながら鍋で炒めて、水を入れて煮込んで、「俺、これ好き」だとか何だとかでカレールーを投入し、調理開始から1時間強。合宿所にカレーの良いにおいが立ちこめ、お腹が減ってイイ感じになってきたところで、「あ、ご飯炊くの忘れた」。そこから慌てて米を研いで、炊飯器でご飯ができるまでプラス1時間弱。空腹が我慢できず、夜の飲み会用のポテチで飲み出す男子多数。結局、買い出しからカレーライスにありつけるまで、かかった時間は、買い出し30分+カレー完成1時間強+炊飯1時間弱の、計2時間半。私はそこで、「大学の合宿なら笑って思い出だけど、就職した先の会社でコレやったら、そのうち左遷だよ」。

 研修はママ(ナース)の集まりですから、「全く大学生は子どもよねぇ」といった感じなのですが、私はここぞとばかり、「皆さんの日頃のお仕事では、そういうのはゼロ、絶対ありえませんよね?」と問い正します。例えば、大腿骨頸部骨折の患者さんが、手術して、リハビリして、カンファレンス開いてドクターの退院・在宅療養OKが出た後で、ワーカーが自宅の家屋調査に行って、家のトイレや階段のものすごい段差を発見する。「ご家族は、段差とか無い。ゼンゼン大丈夫って言ってたのに!」とか怒ってみても後の祭り。リハビリ目標は再設定、段差解消のリフォームを大工さんに発注したら、見積もりの現場確認アポで1週間とか言ってる。「もっと安い業者あるかも」で複数に相見積もり取ってプラス1週間。設計図と総額固まって発注したと思ったら、今度は下請けの職人が忙しくて予定が立たず、そこから1カ月待ちなんだとか。かと思えば介護保険申請の手続きを忘れていて、言った言わないの騒動むなしく、さらにプラス。プライマリと退院支援のナースの間で責任の擦り合い、リハのOTとMSWのチームワークもなく、気付いてはいたけど、ともに放置。患者に聞いてもラチ開かず、結局何だかんだで、2週間で退院できる患者の在院日数1カ月半。看護部長と事務局長は相当のオカンムリ。ご家族らは何処吹く風で、「長く入院できて良かったわよね-。やっぱり病院は安心だし」とご満悦。ナース曰く、「だってウチ、多職種連携とかダメな病院だから。昔はそんなの良くあったし、似た患者で2カ月入院とかもありましたよ」。

 カレーライス作りに戻って、今回のまとめです。「炊飯」の仕事の「順序」を守るだけでの工程全体が効率化され、総時間は短縮できるということ。肉や野菜の仕込みや煮込みの作業は、後半の「炊飯1時間弱」のご飯が炊きあがるまでの間に処理できる。つまり、これらは「炊飯」作業に従属する作業である。このときの「炊飯」作業を「クリティカルタスク(最重点管理作業)」と言い、これをきちんとこなすことで、ゼミ夏合宿の現実の「計2時間半」より約1時間短縮できます。経営学では、この「30分+1時間弱」にシュッと炊飯作業(クリティカルタスク)をメインに最適化した工程を「クリティカルパス(最重点管理工程)」と言います。そうです。皆さんが普段使っている「クリニカルパス」の原型こそ、このクリティカルパスなのです。

医療分野における外国人労働者受入れ「制度の現在」

「これから、技能実習とかで外国人労働者が増えるんですよね?」

 医療・介護分野への外国人労働力受け入れが、ゆっくりと進んでいます。島国の日本にとって、外国人労働者問題は基本的に「制度論」です。ヨーロッパのように地続きだと、難民等の問題はその流入を止められない「現実論」(来ちゃうんだから仕方ない)なのですが、日本の場合、自然的国境として「海」があるので、空港や港での入国管理が可能だし、入国後も外国人登録などによる在留管理が徹底できます。かつてのバブル時代は、観光ビザで来日して働いたり(資格外就労)、ビザ期限を超えて働いたり(オーバーステイ)、風俗や飲食など地下経済ビジネスで働くケースの取り締まりが徹底できず、いわゆる「不法就労外国人」(“不法”という表現は適切ではないという意見がありますが、解りやすさを第一に使用しました)がたくさん滞在していました。ピークは1990年代半ばで、30万人弱の不法滞在者がおり、そのほとんどが就労していたとみられています。

 「制度論」というのは、島国日本の外国人労働者数は制度を厳格に運用すれば減り、制度を新たに設定すれば増える、ということを意味しています。ちなみに2017年現在の不法滞在者数は約6.5万人、入国管理局(「ニュウカン」)による入国管理「制度」に基づく取り締まり強化を背景に、ピークから大きく減少しました。その一方、新たに外国人労働者を受け入れる制度が設けられれば、その「制度」に基づき増加します。医療従事者の皆さんなら誰もが知る「EPA(経済連携協定)外国人看護師・社会福祉士」は、この「制度」そのものと言えます。医療関係のこうした「制度」ができる分だけ、医療分野の外国人労働者は増加していくという構造です。

 実際に、制度の変更とデータの動きを追って整理してみましょう。21世紀に入り、日本とフィリピンやタイなど東南アジア諸国とのFTA(自由貿易協定)やEPA交渉が盛んに行われていました。その過程で2004年、日本とフィリピンとの間でEPA交渉が決着し、2006年をメドにフィリピン人看護師を受け入れる合意がなされました。当時、日本のフィリピン人労働者と言えば、多くが「じゃぱゆきさん」(日本の飲食・風俗産業で働く女性労働者)でした。もちろん日本の入管法は単純労働者の受け入れを認めていませんが、フィリピンにおいてダンサーの資格を持つ「芸能の専門職」が「興行ビザ」(プロスポーツ選手と同様)で入国するケースが横行していました。つまり、ダンスを演じる目的で入国した者が飲食店等で給仕をする「資格外活動」です。しかも、その舞台は風俗産業など地下経済で、そうした流入は日本政府としても看過できませんし、フィリピン政府としても自国民の出稼ぎ先が他国(日本)の地下経済に集中することは人権保護の観点からも看過できません。他方、フィリピン人女性の出稼ぎは「ダンサーという名目の単純労働者」が主流なのでは決してなく、欧米や中東地域などに「看護師という専門職」を大量に送り出し、高い評価を得てきていました。両政府の間には、日比間の国際労働移動の流れを適正化したいという意識が明確にあったと考えています。その後の展開は、法務省の入国管理統計(こちら)みれば明らかな通り、フィリピン人女性の不法滞在者(多くは飲食・風俗産業の不法就労者)数は「看護師受け入れのメドとした2006年」から入管局の摘発が厳しくなり、急激に減少しています。とはいえ実際の日比EPA発効は、日本からのゴミ輸入問題等でフィリピン上院での審議が滞り、当初のメドからほぼ3年遅れた2009年12月となりました。不法就労者が摘発で激減する一方、看護師の送り出しが遅れたことで、フィリピンのGNPの約1割を占める「海外出稼ぎ者からの母国送金」が減少したのも、これら両国間の制度の進捗による「制度論」の影響と言ってよいでしょう。

 そして2017年、日本では技能実習制度の改正が行われ、新たに「介護」分野の受け入れが開始されることになりました。特養の介護業務や病院の看護助手分野などでの受け入れが想定されています。現在、その「制度」設計の仕組み作りが行われていますが、「制度」の目的はあくまでもインターン実習なので、誰がどのように教育し、成果をどう評価するかがポイントになります。とはいえ、この制度においても現実的な意味は他にあり、医療介護ともに報酬のマイナス改定が続くなか、収益減とコスト増に喘ぐ施設・病院経営者への「代替経営支援制度がコレ」であることは、当事者の方々も否定し得ないでしょう。ある意味これも、立派な「制度論」なのだと思います。

「医師のキャリア」の全体像

「新卒入社でずっと定年まで、というわけにはいかないんですよ」

 新卒一括採用、年功序列、終身雇用、定年後再雇用。これぞ、日本型雇用慣行の典型コースです。文系理系を問わず大卒正社員のサラリーマンなら、「一生のうち転職経験ゼロ」という人も少なくありません。最近でこそ雇用流動化で転職経験者も増えてきましたが、安定した業界の企業に正規採用されれば、「一生1社」こうしたコースで完全リタイヤまで40~50年、働き続けます。大卒就活生の近年のトレンドは、就「社」じゃなくて就「職」、大手に限らず中堅・中小。彼らに言わせれば、「大企業だと後輩がどんどん入って来るので人材豊富。それゆえリストラや出向があったり、定年後の再雇用がなかったり」するので、「少しぐらい条件が悪くても、自分のやりたい仕事にこだわり会社を選ぶ。中小だと人材は貴重なので大事にしてもらえるし、定年関係なく一生働き続けられる」。有名大企業に就職して合コン三昧!転職してステップアップ!なんて今は昔、あくまでもワークライフバランスが基本、その実現のために都合が良い会社を選ぶスタイルが支持を集めています。

 さて、医師のキャリアのパターンは如何に。医師のキャリアの全体像については、全国の民間病院の経営者団体、全日本病院協会が行った大規模アンケート調査(詳細はこちら:全日病PDF)が大変参考になります。この「医師の就業動向調査」(2015)は全国の医師3,915名から回答を得た、まさに直近の大規模調査です。医師のキャリアの全体構造を示した一つのグラフ、インターネットで公開されている報告書PDFの7ページ(全27ページ)「卒後年数別の主業務の勤務施設」を見て下さい。20代半ばの「卒後1年目」から定年前後の「卒後40年目」まで、それぞれの年齢の時に働いていた「勤務施設」を追跡調査したパネルデータ(個人別の回答を時系列に並べたモノ)の集計結果です。

 このグラフを見ると医師のキャリアのパターンは、大きな色が三つ分かれていて、多くが「一生3院」となっているようです。大卒サラリーマンのように、最初に就職したところで一生働くような人はごく少数派で、まずキャリア初期に若い人たちの大量病院移動があり、キャリア中期に少しずつ、もう一度その先へと移っていくパターン。その3つも属性がほぼ決まっていて、最初はほとんどが「大学病院」に入職(研修医として働き始め)、キャリア初期に過半数が「公立病院」へと大量移動(大学の医局から派遣され)、その後キャリア中期にかけて五月雨式に「私立病院」へと移っていき(医局から離れ自由に移動し)、卒後20年目のキャリアの丁度真ん中で私立病院勤務が過半数を超えています。つまり医学部卒業後は、「大学病院から公立病院、そして私立病院」という「一生3院」が医師のキャリアの全体像となっています。また、20代後半から30代前半のキャリア初期と中期の間には、大学院に戻るアカデミックなキャリアや、海外勤務や留学などグローバルなチャレンジを選択する医師もいます(グラフ「卒後4年目」から「12年目」辺りまでの、上部が凹んだ部分)。こうしたキャリアはテレビの医療ドラマでは良くある話ですが、とはいえ現実では少数派で30歳前後に数%見られるものの、キャリア中期にかけて徐々に少なくなっていくようです。

 この調査結果は、大規模なパネル調査とはいえ、民間病院に勤務する常勤医を対象としたものです。研修医からリタイヤ直前までのキャリア全体を俯瞰する上では非常に有効な調査ですが、もちろん卒業後ずっと大学に残っている医師や開業する医師もいます。それら様々なデータを総動員させ、医師のキャリアデザインについて研究を進めていかなければなりません。

2017/09/02

地域包括ケアの「包括」に相応しい英語は何か?

「別に何でも良いんですけど、結局どれなんですか?」
 
 いま医療従事者にとって「地域包括ケアシステム」は、非常に重要な概念となっています。にもかかわらず病院の皆さんから良く聞くのは、大多数の本音だと「実は真面目に考えたことないんです。結局、地域包括ケアって何なんでしょうか?」で、他方、MSWやケアマネジャーなど高齢患者相手に日々ガチンコで取り組んでいる方々に言わせれば「システムを考案された先生方には大変失礼ですが、実際そんなモノ(システム)は存在しないと思うんです!」というものです。結局これら両極の二つを合わせて、「地域包括ケアって何?」がこの手の議論の、永遠のメインテーマとなっています。

 専門外とは言え、いちおう教授なので、蘊蓄を「たれ」なければならない機会があったりします。そこで良く持ち出すのが、理解のポイントになるであろう「包括」の意味です。日本語で辞書引いても良くわからないので、それなら英単語!となるのですが、専門の学者や理事長先生が良く仰るのは、「地域包括の“包括”は、“comprehensive(全部を含む)”ではなく、“integrated(統合された)”である」というもの。しかしながら、病院研修の私の教え子さんたちは「余計イミフメイになった‥」という顔をするので、私は理解優先でいい加減に、「ラーメンのトッピング全部のせ」的なのが“comprehensive”で、「子どものブロックおもちゃの合体ロボ」的なのが“integrated”‥なんて説明をしています。

 地域包括ケアシステムは、体系だった全体を持つ“integratedケアシステム”です。言わば合体「トランスフォーマー」的なロボットの頭、胴体、手足の各パーツが一つ一つ小さな「レゴ」ブロックなどでキレイにカチッと仕上がっていて、胴体の上に頭のパーツ、両脇に腕のパーツなど、それぞれが然るべきところにガチャン、シャキンと組み上げられていくと、「元々はそれぞれ小さなブロックだったのに、あらまぁ不思議、格好いい立派なロボットになって敵を倒す‥」となる。その勇姿漲る「合体ロボット」こそがわれわれが求める「ケアシステム」で、それには厚生労働省から国民に向けて明確なイメージが提示されており、それが「“住まい”を中心に、医療と介護と生活支援・介護予防が三方からケアしあう」あのポンチ絵(厚生労働省「地域包括ケア研究会報告書」2013:こちらの政府HP)となるわけです。つまり、私流の合体ロボ解説で言えば、胴体が住まい、右手が医療、左手が介護、両足が支援と予防(頭になるのは患者・家族か?ケアマネか、SWか?)で、「2025年の団塊世代後期高齢者化時代に備えるフォーメーションこそ、この地域包括ケアだ!」というのを「永遠のメインテーマ」に対する回答としています。

 さらにもう一つ、現実的なありようを表現する英単語があるのではないかと思っています。“comprehensive(全部のせラーメン)”と“integrated(一つになった合体ロボ)”の中間にあるであろう、発展途上にある地域ケアの現実を含ませた単語がそれです。英語嫌いが言うのも何なのですが、“integrated”の手前には、国際援助ビジネス絡みで近年ちらほら耳にする“inclusive(人・モノ・考えを何とか広く含んだ)”な段階があり、多くの現場の実態はほとんどこのレベルにある、というのが私のイメージです。“inclusive”だと「持続的で意味があるなら、それもアリ」的な鷹揚なニュアンスが加わってきます。合体ロボの例で言えば、パーツ自体は現場なりに思い思いそれぞれ勝手にカッチリ固めてきてはいるのですが、頭でっかちだったり無かったり、機能が被っていたり互いに干渉していたり、組み上げ方が逆さまだったり中途半場だったり、何かがスッポリ抜け落ちていたり‥と、とても“integrated”と言えるような格好いい代物では決してない。でも何とか元気に動いている。日本では廃車同然のクルマが部品適当に組んで、屋根なんか吹っ飛んだままアフリカで現役バリバリ。途上国で、援助支援をしながら営利も求めるBOP(ベース・オブ・ジ・エコノミック・ピラミッド:こちらの政府HP)ビジネスのような、そんな、“inclusive”なケアシステムです。

 地域医療と介護の現場には、非営利から営利までごちゃ混ぜのまま、元々そうした主体的な各パーツが諸々既に活動していて、たまたま偶然パーツ同士がパチンとはまり、完全無欠に仕上がった(integrated)ロボットとまではいかないけれど、敵から何とか身を守り、地域を支えてきている仕組みがある。こうした途上国的雑然(inclusive)を醸し出す、かなり不格好な“inclusiveケアシステム”を、元々あったケア主体の固まりの機能と地力を活かしつつ、環境と制度に合わせてどうシェイプ、リメイクしていくか。さらに、どう効率化を図っていくか。このプロセスが「地域包括ケアシステムの構築」である、と講義で説明している現在です(結局解りにくくてすみません)。