2017/10/30

「フロート消費」で伸びる在院日数

「明日まで主治医不在だから、とりあえずこの仕事はストップですね‥」

 【空想】あなたは駆け出しの女優です。とある映画制作の脇役をゲットし、クランクイン(撮影開始)したところです。ちょうど、あるワンシーンの撮影を終え、次のシーン撮影は主役とのツーショットで、その俳優待ち。その俳優は今、別シーンの撮影をしています。現場のちょっとしたトラブルで、かなり時間が押している模様。そんな中あなたは、撮影現場の隣に設置された楽屋のテントで、気心知れた俳優仲間と談笑しながら出番待ちです。きょうの撮影後の予定もあるにはありますが、この撮影現場は山奥だし、急いだところでどうしようもない。次の予定の関係者には、主役俳優と映画監督のせいにして連絡しとけば良いから気が楽。降って湧いたようなゆったり時間で、束の間のリラックスを楽しんでいます。

 【もう一つ空想】あなたは映画プロデューサーで、とある映画の制作委員会を立ち上げ、無事クランクインにこぎ着けたところです。映画公開日程は既に決まっていて一年後。予算を組み、キャスティングを決めて、大道具や小道具の発注も済ませ、順調に撮影‥するところが、この長雨(2017年夏)。この一ヶ月の間ずっと雨で撮影中断。最初の数日は「ここのところ超人的に忙しかったから、この雨は良い休息。恵みの雨かな?」なんて思っていたものの、一週間二週間と撮影雨天順延が続き、だんだんシャレにならなくなってきた。実は計画当初、クラックアップまで一ヶ月ほどの余裕時間を組み込んでいました。映画には細々としたトラブルがつきものだから。でも、それを夏の長雨で一気に使い果たしてしまった。かなり焦っています。

 プロジェクトマネジメントにおいて、プロジェクトを進める上での「余裕時間」を「フロート(FLOAT:直訳は浮くモノ、浮き輪ですが、米の俗語で“時間的余裕”を意味します)」と呼びます。フロートには二種類あり、「一連の作業の全体に悪影響を与えない、次の作業に入る前の、直前の余裕時間」を「フリーフロート(自由な余裕時間)」、「一連の作業全体を通しての余裕時間で、先に誰かが使い切ってしまうと、後の者がキツくなってしまうもの」を「トータルフロート(全体の余裕時間)」と言います。上述の空想事例で言うと、主演俳優待ちをしている脇役女優が楽屋でゆったりしている余裕の時間が「フリーフロート」、長雨が続き余裕を持たせていた撮影日程がだんだんキツくなって困っているプロデューサーの消えてしまった余裕の時間が「トータルフロート」となります。

 【現実】に戻って、あなたは病棟のプライマリ看護師です。打ち合わせ、会議、合間に処置。手術、面談、合間に書類作り。まさに毎日、目まぐるしい程の忙しさ。こんな感じでマジにガチで働いてたら、普通に倒れてしまいます。だからこそ、日々の仕事の合間の「フリーフロート」は貴重な時間。【空想】の「現場入りが遅れている主演俳優」のような、「外来が終わらず会議に遅れたドクター」「仕事か何かで面談に遅れた家族」「熱が下がらす手術が遅れている患者」等々のお陰で、合間合間に生まれる「フリーフロート」の時間はしっかりと消化したい。て言うか、遅れたのは私のせいじゃないし‥。「空いた時間を見つけたら、仕事を探してこなしてしまおう」「今日できることは、明日に持ち越さないように」とか、普通に綺麗事でしょ?
 チーム医療の全員がそこかしこに持っている「フリーフロート」の使い方を、どのように管理するか(例えば、こちらのエントリ)。「フロート消費」の個別管理が行き届いていないと、早く終われるものも早く終わらない、つまり【現実】の課題の在院日数はなかなか短くならない訳です。

 【もう一つ現実】に戻って、あなたは病棟の退院支援看護師です。地域の高齢化で、毎年着実に増えていく肺炎患者。内科医がパスを作って治療を計画的に進めようと努力してはいるものの、一週間の抗菌薬投与でそろそろ良くなっているはずの患者の喉が、相変わらずゴロゴロ、ゴロゴロ‥。週末予定の嚥下評価は、担当医師が医局派遣で不在になるため週明けへ後ろ倒し。他にも色々「手続き進めているはずだった介護保険が、ケアマネが捕まらなくて‥」「家屋評価に行ってみたら、実はトイレの前にもの凄い段差があって‥」「夜間の吸引も可能な施設だったんだけど、看護師さん辞めたみたいで‥」。事務長が収益状況から14日後退院を主張していたところ、看護師長が現場実態から「余裕みて21日」としてくれたのに、その「プラス7日のトータルフロート」を最初の一週間で使い切ってしまった‥。
 入退院スケジュールの全体プロセスは、チーム医療の全員が見渡せるパスに可視化し、「トータルフロート」を提示しつつ、どの段階でどの程度消化してしまったかを共有する(例えば、こちらのエントリ)。「フロート消費」の全体管理が行き届いていないと、同じく【現実】の課題の在院日数は、どんどん伸びて行ってしまうのです。

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