2017/10/30

「フロート消費」で伸びる在院日数

「明日まで主治医不在だから、とりあえずこの仕事はストップですね‥」

 【空想】あなたは駆け出しの女優です。とある映画制作の脇役をゲットし、クランクイン(撮影開始)したところです。ちょうど、あるワンシーンの撮影を終え、次のシーン撮影は主役とのツーショットで、その俳優待ち。その俳優は今、別シーンの撮影をしています。現場のちょっとしたトラブルで、かなり時間が押している模様。そんな中あなたは、撮影現場の隣に設置された楽屋のテントで、気心知れた俳優仲間と談笑しながら出番待ちです。きょうの撮影後の予定もあるにはありますが、この撮影現場は山奥だし、急いだところでどうしようもない。次の予定の関係者には、主役俳優と映画監督のせいにして連絡しとけば良いから気が楽。降って湧いたようなゆったり時間で、束の間のリラックスを楽しんでいます。

 【もう一つ空想】あなたは映画プロデューサーで、とある映画の制作委員会を立ち上げ、無事クランクインにこぎ着けたところです。映画公開日程は既に決まっていて一年後。予算を組み、キャスティングを決めて、大道具や小道具の発注も済ませ、順調に撮影‥するところが、この長雨(2017年夏)。この一ヶ月の間ずっと雨で撮影中断。最初の数日は「ここのところ超人的に忙しかったから、この雨は良い休息。恵みの雨かな?」なんて思っていたものの、一週間二週間と撮影雨天順延が続き、だんだんシャレにならなくなってきた。実は計画当初、クラックアップまで一ヶ月ほどの余裕時間を組み込んでいました。映画には細々としたトラブルがつきものだから。でも、それを夏の長雨で一気に使い果たしてしまった。かなり焦っています。

 プロジェクトマネジメントにおいて、プロジェクトを進める上での「余裕時間」を「フロート(FLOAT:直訳は浮くモノ、浮き輪ですが、米の俗語で“時間的余裕”を意味します)」と呼びます。フロートには二種類あり、「一連の作業の全体に悪影響を与えない、次の作業に入る前の、直前の余裕時間」を「フリーフロート(自由な余裕時間)」、「一連の作業全体を通しての余裕時間で、先に誰かが使い切ってしまうと、後の者がキツくなってしまうもの」を「トータルフロート(全体の余裕時間)」と言います。上述の空想事例で言うと、主演俳優待ちをしている脇役女優が楽屋でゆったりしている余裕の時間が「フリーフロート」、長雨が続き余裕を持たせていた撮影日程がだんだんキツくなって困っているプロデューサーの消えてしまった余裕の時間が「トータルフロート」となります。

 【現実】に戻って、あなたは病棟のプライマリ看護師です。打ち合わせ、会議、合間に処置。手術、面談、合間に書類作り。まさに毎日、目まぐるしい程の忙しさ。こんな感じでマジにガチで働いてたら、普通に倒れてしまいます。だからこそ、日々の仕事の合間の「フリーフロート」は貴重な時間。【空想】の「現場入りが遅れている主演俳優」のような、「外来が終わらず会議に遅れたドクター」「仕事か何かで面談に遅れた家族」「熱が下がらす手術が遅れている患者」等々のお陰で、合間合間に生まれる「フリーフロート」の時間はしっかりと消化したい。て言うか、遅れたのは私のせいじゃないし‥。「空いた時間を見つけたら、仕事を探してこなしてしまおう」「今日できることは、明日に持ち越さないように」とか、普通に綺麗事でしょ?
 チーム医療の全員がそこかしこに持っている「フリーフロート」の使い方を、どのように管理するか(例えば、こちらのエントリ)。「フロート消費」の個別管理が行き届いていないと、早く終われるものも早く終わらない、つまり【現実】の課題の在院日数はなかなか短くならない訳です。

 【もう一つ現実】に戻って、あなたは病棟の退院支援看護師です。地域の高齢化で、毎年着実に増えていく肺炎患者。内科医がパスを作って治療を計画的に進めようと努力してはいるものの、一週間の抗菌薬投与でそろそろ良くなっているはずの患者の喉が、相変わらずゴロゴロ、ゴロゴロ‥。週末予定の嚥下評価は、担当医師が医局派遣で不在になるため週明けへ後ろ倒し。他にも色々「手続き進めているはずだった介護保険が、ケアマネが捕まらなくて‥」「家屋評価に行ってみたら、実はトイレの前にもの凄い段差があって‥」「夜間の吸引も可能な施設だったんだけど、看護師さん辞めたみたいで‥」。事務長が収益状況から14日後退院を主張していたところ、看護師長が現場実態から「余裕みて21日」としてくれたのに、その「プラス7日のトータルフロート」を最初の一週間で使い切ってしまった‥。
 入退院スケジュールの全体プロセスは、チーム医療の全員が見渡せるパスに可視化し、「トータルフロート」を提示しつつ、どの段階でどの程度消化してしまったかを共有する(例えば、こちらのエントリ)。「フロート消費」の全体管理が行き届いていないと、同じく【現実】の課題の在院日数は、どんどん伸びて行ってしまうのです。

2017/10/29

「ゴール設定」で伸びる在院日数

「この病院は病人を前にして、入院直後から退院の話するんですか!」

 発熱して、介護施設などから急患に搬送されてきた高齢患者への対応を思い浮かべてみて下さい。主治医を決めて諸検査を行い、誤嚥性肺炎と診断し入院を担当者に指示、抗菌薬投与の治療パスに乗せ、チームを組んで全体スケジュールを共有します。診療報酬制度の制約などから考えて、入院期間は14日。とりあえずの「ゴール設定」、つまり退院予定日は14日後です。検査スケジュールは、解熱とCRP数値の確認と判断が一週間(7日)後。そこから嚥下評価が始まり食事開始で、この間2~3日。これでもう10日を消化、予定の14日まであと4日。その残り4日で、嚥下評価の結果をもとにキザミ食にするのかトロミ食にするのか食事介助のあり方を検討し、喀痰の状態から吸引処置のレベルを見定め、搬送元に戻った時の対応について指示しなければならない。限られた4日ではありますが、看護師とST(言語聴覚士)のプロフェッショナルなチームワークがあれば何とかこなせるのではないかと思います。

 しかしながら、退院(日)調整が大問題です。これには「もの言う相手」が存在するからです。しかも、意思と判断が定まらないケースがほとんど。まずは、患者と家族の意思。家に帰りたいのか、これまで居た施設に戻りたいのか、施設とはいえ退院後は違う施設に替わりたいのか、など。そして、受け入れ側の判断も様々。施設の職員から、ハイレベルの介護食(キザミ食やトロミ食)には対応できない(設備も前例もない)、夜間の喀痰吸引には対応できない(看護師がいない)、在宅の家族からは、エレベーターがない(建物が古い)、独居だから無理(介護者がいない)、など色々と問題が提示されてきます。これらの指導や諸調整(退院調整)を、上述の「限られた4日」で対応するのは非常に難しい。患者が認知症、離れて暮らす家族で仕事が忙しくつかまらない(電話してもつながらない、メールにも返事がない)、介護保険の申請をしないと経済的に無理(とはいえ保険の申請・適用には時間がかかる)、(診療所などの)主治医がいない、などなど背景は様々です。これ全てが良くある話なのですから、たとえプロの退院支援NsでもMSWでも、難しいものは難しい。

 それだから、MSWなど退院支援担当者は、なるべく早い時期から患者対応に介入しようとします。早い担当者なら入院直後。患者・家族との支援面談、施設や自宅に関する情報収集、ケースごとのスクリーニング、情報共有シートの作成、アセスメントシートの作成、担当者ミーティングの実施、などなど、退院調整業務てんこ盛りです。患者や家族も色々聴かれて煩わしい。とはいえこちらも、情報収集した後それぞれ個別に対応しなければならないのですから、後ろには引けません。やらないと「設定したゴール(14日で退院)」に辿り着けない。それゆえ急いで支援面談をセッティングしようと動く。

 ここで出るのが冒頭の、家族などからの「怒りのお言葉」です。親を施設に入れ、離れて住んでいた家族が、救急で運ばれたと知らせを受け、ビックリして病院に駆けつけた。久しぶりに見た親は、発熱でグッタリしている。先月会いに行った時は元気だったのに‥。こんな状態なのに、見るからに苦しそうで治療が必要な病人なのに、「この病院は、入院直後から退院の話するんですか!」

 患者の家族が一般の人なら、「誤嚥性」という病名は初めて聞くものでしょう。もちろん意味など分からない。「DPCだから14日で退院させる必要がある」なんて報酬制度など知るはずもない。しかしながら医療従事者は、報酬制度の通り、事務長などが口酸っぱく言う通り、14日後退院をゴールに設定する。この認識のズレを放置したまま、患者・家族と病院間の信頼関係なんて構築できるはずもない。こうして患者と家族の気持ちは不安と不満で固められ、退院への対応を頑なに拒むようになる。苦しむ親の治療のためにも、さらに病院のケシカラン連中を懲らしめてやるためにも、「意地でも入院を継続してやる!」と意固地になる。こうして平均在院日数は、グングンと伸びていきます。

 私は、この「ゴール設定」自体が問題なのではないか、と考えています。ゴールとは、活動の全てが終わることを意味します。若い健常者の骨折入院などとは異なり、後期高齢者の終末期を伺う患者に、実はゴールは存在しない。つまり、治療が終了するのではなく、治療は「最期」の看取りまで続いて行く。患者や家族は「患者の60代ぐらいの元気な姿」に戻れることを期待して入院治療のゴールをイメージするのでしょうが、多くの現実は、そうはならない。

 とりわけ後期高齢者の誤嚥性肺炎などのケースに必要な設定概念は、ゴールではなく「マイルストーン(節目)となるリレーポイント(中継点)」だと思います。つまり、健康な従前の状態に戻ることは残念ながら有り得ず、患者の治療は「一進“二”退」「三“温”四“寒”」で長く続いて行くのです。だから、入院直後に行う支援面談では、そうした「高齢者治療の現実」と必要な情報を伝え、「最期」までしっかり責任を持って伴走することを約束し、「最期」つまり真のゴールを出来るだけ先送りさせようと前向きに患者と家族のモチベーションを上げていく。そのこれから長いプロセス上での中継点、言わば足がかりの最初の一つが「ここで言う14日目」であり、患者には「その節目」で一旦退院して頂き、高齢化で同様の患者が溢れる地域医療のために、地域の急性期として必要なベッドを空けて準備しておく。入院直後の支援面談では、こうした長期ビジョンを患者と家族に理解して頂かなければならない。それでいて、けっして暗くなることなく、皆で前を向く‥。

 「あの‥診療報酬制度というのがありまして、厚労省が入院14日過ぎたら病院の収入を下げるって決めてるんで、だからその日が退院日なんです(看護師の私個人はあなたを入院継続させてあげたいと思ってますけど、そう決めたのは政府。文句があるなら厚労省へ)」なんて患者に言って退院を迫るとか、絶対に御法度。「この病院は金儲けしか考えてない!」と憤られるだけだと思います。

2017/10/27

多職種「職務職能表」を作ってみる

「ウチにもありますよ‥。機能評価の時に、他のをコピーして作ったものが」

 医療の経営資源の中心は、間違いなく人材です。時間管理を軸とした「リソース管理」に関するエントリ(こちら)でも、そう強調しています。自院の人材が、雑務に振り回されることなく、また負荷が掛かりすぎないよう、持続的な活動継続のために人事労務管理を行うことこそ、医療機関の管理職の最大の仕事と言えます。

 しかし、それ以上に重要なことがあります。「経営資源」なのですから、その資源(人材)がどのくらいの能力を持ち、どのような機会でどう実力を発揮できるのか把握し、管理できていなければなりません。建設現場の現場監督が大型建機を取り合うように、能力ある経営資源が現場に少なければ、病棟など現場の日々の仕事がこなせなくなってしまうからです。また、建機のような経営資源は、文字通り機械ですからその保有能力が予め決まっていて等しく徐々に摩耗していくわけですが、人材という経営資源は、保有能力が当初わずかばかりでも、育成訓練や経験蓄積によって力を伸ばしていく可能性を有しています。成長する人材は、放っておいても成長します。しかし、人材の能力は「等しく」変化していくわけではない(放っておいたら、退化する者もいます)。つまり人材は、能力が多様に変化していく経営資源なので、その状況を常に把握していてこそ「リソース管理」の実効性が高められていくわけです。病院など医療機関は多職種による統合組織なので、その全ての職種に渡る人材の保有能力を把握していなければなりません。

 医療従事者の職業能力を測るための、様々な尺度や枠組みが検討されてきています。その代表例は、看護師の「キャリアラダー」(例えば、日本看護協会「クリニカルラダー」:こちら)でしょう。看護師に必要な能力レベルを高低で複数段階に分け、各段階の実践的かつ具体的な能力を発揮機会別に文書化したものです。非常に練り込まれた、汎用性のある良い尺度だと思いますが、問題は「これを、自分の現場の人的リソース管理に使えるか否か?」です。結論から言うと、実際はちょっと使い難くて、結局はラダーに明記されたチェックポイントを使い客観的に評価するのではなく、管理者自身が現場で感じる印象評価で決まってしまう。人材の評価は既に管理者の心の中で決まっていて、その数値化可能な後付け評価としてラダーが使われるパターン。なぜ、そうなってしまうのか。その「ラダー」が悪いのではありません。それは他の人が作った「ラダー」で、自らが自らの組織の人材の現状を前提に作ったものではないからです。

 「多職種に渡るクリニカルラダーみたいなものを、ましてや自分達で作るなんて、とてもとても‥」。例えば自院で、看護職の独自ラダーを作ろうとしても、看護師自身は忙しい、人事担当の事務職は現場感覚がない。「そう言えば病院機能評価の時に、他院のものをコピーさせてもらったっけ‥」。こんな感じでやり過ごされ、何時まで経っても整備できない。つまり、リソース管理ができない。人事担当を専門の外部研修に送ろうか‥、医療コンサルタントに頼もうか‥、企業の人事経験者を中途採用してみようか‥。いずれも病院の「管理部門あるある」ですが、いずれもダメです。結局は、他の人が作った枠組みを受け容れることになってしまうからです。

 さて、その「クリニカルラダーみたいなもの」を、人事労務管理論では「職務職能表」と言います。早速、Googleで「厚生労働省_職務職能表」と検索してみて下さい。「中央職業能力開発協会_職務職能表」だともっと詳しいサイトがヒットします。中央職業能力開発協会とは、厚生労働省職業能力開発局が設置した認可団体で、職業能力開発に関する様々なデータを集め、公開しています。それらが開設しているサイトで「職業能力評価基準」という概念で展開されているのが、ここで言う「職務職能表」です。これらは、簡単に言えば、業種の職種ごとに「新人・一人前・エキスパート・管理職」など人材を能力・職務別にざっくり分けて、それぞれの保有能力を言語化し、職務(医療で言えばケア業務、調整業務、管理業務など)ごとに整理したものです。検索で提示されたサイトを適当にクリックして行けば、様々な産業の様々な職種における「能力別保有能力の職務記述(能力の内容を言語化した文章)」を整理した表(枠組み)が大量に出てくると思います。これらは厚生労働省が予算を投入して作成した表ですから、もちろんどれだけ活用しても無料です。ちょっとしたアンケートに答えるだけで、全ての表がダウンロードできます。

 後は、見よう見まねでOK。自院の現状、自院スタッフのレベルに合わせて、ダウンロードしたファイルをコピペしながら自作してみること。専門研修や経営コンサルタントが作るフレームと比較してしまったら、すごく見劣りするようなものしか作れないかもしれません。でも、それで良いんです。何よりも、実際に使う人間が、実際に働いている人間を想定して作る「能力評価表(職務職能表)」。これこそ「リソース管理」を実行するための、必需品なのです。

2017/10/21

勤務医バーンアウトか、病院ブレークダウンか

「医師の応召義務って、一種の強制労働だと思うんですが‥」

 「夜勤医師の時間外労働賃金不払い問題」、「労基署による有名病院ガサ入れ」、「医師も同様に過労死自殺問題から働き方改革」、「応召義務を理由とした医療分野の適用除外と改革先送り」などなど。

 本格的な少子高齢化時代に入って医療現場の人手不足感は最高潮に達し、とりわけ救急など夜間勤務の労働現場では「ブラック」なんて言葉では表現しきれないほどの、異次元の労働強化が常態化しています。ただでさえ大変な現場なのに、しかもわが国は法治国家で、その労働法が時間外及び深夜勤務の際の割増賃金支払いを求めているのに、夜勤の勤務医に「宿直手当」しか支給しなかったり(割増賃金支払いは実際に急患があったときだけだったり)、大規模な公立病院が労基署の指導を受けたり、著名な民間病院が億単位の不足分を後から支払ったり‥。他方、大手広告代理店同様の医師の過労死問題が発生したり、医師が集団で転職エスケープ(いわゆる「逃散」問題)を図ったりと、テレビドラマの冒頭ナレーションではありませんが、既に「医療崩壊」と言っても過言ではない状況が顕在化しています。今後は団塊世代の後期高齢者化(終戦直後1947~50年生まれのベビーブーマーが、現在2017年で67~70歳)が進むわけですから、現状のさらなる悪化は目に見えています。

 「だから医師を増やせ」と声を上げるのは簡単ですが、それを実行するのはもちろん簡単ではなく、それゆえ実効性ある具体的な動きは今のところ見当たりません。いま医学部を増設したとしても医師を労働力として病院に送り出すのは約10年後になるし、外国人労働者(外国人医師・看護師)の受け入れ政策は国民的合意が前提だから入管法改正なんて早々ありえないだろうし(先進国はいずれも難民受入問題等で内向きだし、円安の進行で出稼ぎの旨味は少なくなったし)、歯科医師や弁護士や公認会計士など供給増で賃金条件が低下した花形専門職労働市場崩壊の前例が直近にあったし(いまや全てが大学最難関となった医学部も、現在の法科大学院のように人気や偏差値が低迷してしまうかもしれないし)、「人の問題の改革」は色々な背景や様々な利害が複雑に絡み合っていて、繰り返しますが「簡単ではない」のです。

 私のような一介の経営学者では何ともならない大きな問題なので、改革私案などを提示するなんて気概はあるわけがなく、「先々どうなるのか」を考えるだけの現在です。

 働き方改革」は現政権による官邸主導の政策、今や「政治主導」の力は強大です。官僚や業界が太刀打ちできる相手ではありません。これまで規制緩和政策などで、官邸に抗う抵抗勢力が様々存在しましたが、それを跳ね返すことができた勢力はほぼ皆無。「俺が本省に言う!」とか年配の重鎮先生は語気荒く何かと自信ありげですが、個人的には正直、さすがの医療界も厳しいと思っています。したがって、医師の時短や時間外問題の適正化は時間の問題。夜勤で出勤したのに宿直手当だけとか今時の労働法適用除外としてはかなり違和感があるし、救急医療など本来的に国や公共部門が担うべき役割を民間病院や個人に「応召義務」として負わせるのも、実態は、医師法が生まれた敗戦前後の医療の荒廃を乗り切るための「どさくさ当時の倫理規定」だった。少なくとも官邸と国民は、そう捉えると思います。結局、選挙を経て政権が落ち着けば働き方改革は実行され、いずれ政府は医療現場の異常さを解決すべく動き出すでしょう。「かとく(過重労働撲滅特別対策班)」に続き、東京と大阪の労働局に、新たに「医療かとく」が新設される‥。そんな絵(こちら)が脳裏に浮かんできます。

 当然ながらこうした政府の動きは、病院の財務と現場を直撃する巨大イベントとなります。病院経営コストの大半が人件費で、それが飛躍的に増大する。高齢化が進行して医療費が高騰する一方、健保も財政も既にカツカツで、診療報酬が増えることはない。つまり病院の収入が増えず(人件費)コストだけが急増するのですから、病院経営はコストの高い大都市部から一気に収縮して行く。そして結局、割増分の支払いに困った病院は、元々の賃金水準を下げ、全体の支払総額を抑えなければならなくなる。それでいて労働強化が極まる現場の仕事量は今と変わらず不変。既に「バーンアウト」(燃え尽き)寸前だった勤務医は、堰を切ったように「カネの切れ目が縁の切れ目」と病院を辞めていくでしょう。そして、その後の世界で真っ当な夜間の救急医療を維持できるのは、国・公共機関や一部の大規模病院などが巨額予算を投じて「大勢の医師を雇用し、ゆとりあるとは言えないまでも完全交代制を整備できる」現場のみ。その他の民間病院は残念ながら、夜間救急を断念し縮小均衡のソフトランディングを図ることが精々。少なくとも現在の、2,000を超える数の地域密着型民間病院に支えられた日本の地域医療は「ブレークダウン」(崩壊)必至の状況に追い込まれるハズです。

 さて、その、これまで大多数の民間病院で働いてきた勤務医はどこへ行くのか。普通に考えれば独立開業の方向でしょう。現在の医師のキャリアは「大学病院→公立病院→民間(私立)病院」(詳しくはこちら)ですが、その「後ろ2つ」を飛ばしてクリニック開業へと本気で走る。ブラックな病院の今後が、廃業か超ブラック化かのいずれかなのですから当然です。応じて、銀行など金融機関や医療コンサルタント会社がその波に乗ってビジネスを広域展開する。こうなると、今度は地域で診療所間の競争が激化していく。もちろん既存の開業医グループはこちらも本気で抵抗するでしょうから、恐らく、開業に関わる「保険医の配置・定数や自由開業・自由標榜の見直し」検討が急速に具体化されていく。この流れに、医師の需給や偏在を解消しようと検討してきた政府プロジェクトや総合診療医の普及拡充を目指す民間ネットワークなどが合流し、勤務医の独立開業への大量移動をコントロールしようと動き出す。他方、崩壊が進む民間病院には個を凝集して経営力をつけるべくホールディングス化(グループ持株会社化)の流れがうねり、経営層の代替わり問題も相まってドラスチックなM&A(病院買収)が展開されていく。もちろん金融機関やコンサルタント会社はまた、そのマーケットで一山当てようとするでしょう。

 保険医問題にせよホールディングス化にせよ、これまでシーズはあったもののブームにはなっていなかった「医療経営の独立ベンチャー志向と連携ネットワーク化」のうねりへの引き金を、1年半後に動き出す「医療の働き方改革」政策が大きく引く。このトリガー(引き金)は、改定だの加算だのの類いとはレベルが異なります。そこから一気に時計の針が回り出し、医療経営は戦国時代へ。そんなことを考えて、経営学者としては、ただただ身震いしつつ背筋が伸びる思いなのです。

2017/10/13

病院経営のカタカナ戦略

「ホント経営学ってカタカナ多いですよね。医学もそうですけど‥」

 「こちらにもありますけど、カタカナばかり‥。何となくイメージはありますが、実際に何をどうするのかとか全く解りません」。と言われているのは、経営戦略論で頻出するキーワードです。イノベーション(技術革新、新機軸創造)、マーケティング(顧客開拓、市場適応)、リストラクチャリング(事業再構築、合理化)、アウトソーシング(外部委託、業務請負)など。確かにカタカナばかりですね。先のエントリのマトリクスでは、「問題児」でイノベーション、「看板」でマーケティング、「金のなる木」でリストラクチャリング、「招かれざる客」でアウトソーシングと整理していますが、医療従事者の皆さんには流石に解りにくいだろうと思います。ここでは、カタカナそれぞれの意味と用法について、マトリクスのコードネームごとになるべく解りやすく説明していきましょう。

 「問題児」ゾーンには、その病院の「件数増・低収益」患者が集まっています(マトリクスの4ゾーン別に仕分けた結果はこちら:以下同じ)。これらの患者対応には抜本的なイノベーションが必要です。患者が押し寄せているのに点数が確保できないのですから、頑張れば頑張るほど足下が沈んでいくパラドックスに陥ってしまうのです。マトリクスにある通り高齢者の急増を背景に、認知症患者も肺炎患者も日々増えるばかり。これらに立ち向かうイノベーションには、例えば「ユマニチュードによる認知症ケア」や「肺炎クリティカルパス+退院支援パスの整備」などがあります。認知症患者の増加で対応する医療従事者が消耗しないように新たな技術を貪欲に取り入れ、また、肺炎患者の退院支援に戸惑いズルズルと在院日数を伸ばしてしまわないような新たな仕組み(機軸)を的確に整備して行く。「新たな技術」や「新たな仕組み」こそ、こうした分野に必要なイノベーションなのです。

 「看板」ゾーンには、その病院の「件数増・高収益」患者が集まっているのですから、ここで必要なのは「とにかく掻き集める」活動です。増やして、増やして増やしまくることが、そのまま収益増につながるのです。しかも、社会に患者は増加中。文字通りの新規開拓、顧客創造、販売促進、イメージ通りのマーケティングです。例えば、整形外科を擁する回復期病院なら、大腿骨頸部骨折や脳梗塞の患者を集めるためにMSWを多数マーケティング部門に再配置し、DPCデータで近隣の骨折や脳血管のオペ実績のある急性期病院をリストアップして、件数が多く距離が近い病院から順に「顔の見える」営業を仕掛けていきます。こうした活動を、ターゲットマーケティングと言います。私の経験では企業よりも病院のほうが、こうしたマーケティングに向いているようです。企業の営業だと競合相手も多く価格設定の自由度があるので競争に打ち勝つのは非常にシビアな世界ですが、地域医療圏内の病院立地が一定程度管理され診療報酬制度で価格が統一されている医療の世界では、過当競争が限られているからではないかと見ています。

 「金のなる木」ゾーンには、その病院の「高収益・件数減」患者が集まっています。意外に思われるかもしれませんが、これらの患者対応には継続的なリストラクチャリングが不可欠です。ピロリ菌感染率の低下に伴って胃がん患者が減少するように、将来的にはどんどん市場が小さくなる分野が存在します。とはいえ点数は高いというのがこのゾーンなのですが、病院組織内での仕切りは多くの場合、成果主義的な実績優先かつ近視眼的な独立採算の医局縦割りで、「ウチの診療科は利益出しているのだから多少ムダがあっても許される」とばかりに、合理化圧力が掛かりにくくなる傾向があります。リストラなんて以ての外で、まさしく「金のなる」のは事実であるものの所詮「木」でしかない存在に、神木(しんぼく)のように崇めて建造物で囲むが如く多額の予算を投じている。むしろ、このゾーンの医療こそ、将来を見据えたリストラクチャリングが必要なのです。こうした高収益部門こそ徹底したリストラでキャッシュをどんどん捻り出し、その捻出分をその他の部門の将来のための戦略予算に大量供給していく。これぞ「まさに金のなる木」と言えるでしょう。

 「招かれざる客」ゾーンには、その病院の「低収益・件数減」患者が集まっています。応召義務があるので、もちろん診察も治療も拒まず対応しなければなりませんが、報酬点数が低いということは、行政上の視点でも「病院以外の医療機関で看るべき患者」と判断される分野と言えます。ここで行うべき活動は「看板」ゾーンにおけるマーケティングの逆、つまり地域の医療連携を広げつつ、徐々に患者を地域のクリニックなど連携先へと外部委託(アウトソーシング)していく活動です。こうした病診連携を進めつつ地域の後方支援病院として地盤を固めていく。地域の介護施設に対しても、例えば褥瘡処置の技術を積極的に移転するなどして施設の看護力を引き上げ、施設の重症患者収容力を高めていく。ポイントは、クリニックにせよ施設にせよ、病院との“Win-winの関係”が構築できるように仕向けていくことです。

「リソース管理」のツールとノウハウ

「仕事って、デキる人に集中しちゃうもんなんですよね‥」

 「経営資源(マネジメント・リソース)」と聞いて、何が思い浮かんでくるでしょうか? 例えば、建設業の大型建機、製造業の工作機械などがそれに当たります。「それがないと仕事が進まない」ような、会社の資源です。大型建機は建設現場の監督同士で取り合いになるし、メインの工作機械にトラブルがあったりすると生産量がガクッと落ちてしまいます。それゆえ建機をどう遣り繰りするか、どんな機械を設備投資し保守するかといった「リソース管理」は、いずれでも最重要のマネジメント項目となっています。では皆さんが勤める病院、医療の経営資源とは何でしょうか? 言うまでもなく、それは「人的資源(ヒューマン・リソース)」でしょう。医療従事者がいないと、キュアもケアも進まないからです。つまり、医療の「リソース管理」=「人材の稼働状況の管理」となるのです。

 労働関係法を遵守しつつ看護師の出勤シフトを組むことなどは、リソース管理の第一歩です。しかしこれは、出勤と法令遵守の現況を管理する仕組みに過ぎません。管理はさらに、その稼働状況を把握しながら、オーバーロード(過負荷)のリスクを抑えつつ、チームの生産性を引き上げていく枠組みへと発展させなければなりません。つまり管理職は、部下という人的資源の「リソース管理」をどのように行うか、という役割を持っていることになります。

 リソース管理には欠かせない概念があります。①アポイントメント(会議や手術、家族面談など、相手と時間に合わせなければならない課業)、②パーソナルタスク(日常の処置や資料作成、電話連絡・メール送信など、自分の都合でできる課業)、③フロート(談話室での喫煙など、余裕時間)の3つです。「リソース管理」とは、各人材における上記①②③の組み合わせを把握して負荷の集中や偏りを廃し、部分の生産性向上が図れるよう支援し、各人のタスクの優先順位についてチーム全体の視点で変更を加えていく協働の進捗管理を言います。ある部下の1日にアポイントが詰まっていたり、フロートが放置されていたりしてはいけません。
 そして、これらは以下の簡単な算式で表すことができます。

1日の総労働時間―アポイントメント(予定時間)ーパーソナルタスク(標準時間)×実行タスク数=フロート
 (左辺がマイナスになれば、右辺は「フロート」ではなく「残業」)

 ここではさらに、簡単な管理ツールを作ってみました。以下の表は、管理する部下メンバーにおける1日の「アポイントメント」の予定、それぞれが抱えている「個人(パーソナル)タスク」の件数を簡単にまとめるためのツールです。これを毎日はじめの10分程度、始業時ミーティングなどでチームの「リソース管理」を行ってみて下さい。これだけでも、チームの状況がよく見えてくるはずです。
 管理職のあなたは部下それぞれに、どれだけのアポイントメントが入っているのか(こなせる範囲か)、その日に実行しようとしているタスクはアポイントメントの合間のどこで処理しようとしているのか(例えば、表の「佐藤さん」の曲線矢印)、フロートが大きすぎて人的資源が遊んでいないか(例えば「佐藤さん」は14時以降、アポイントもタスクもないので、他のメンバーのタスクを引き継ぐよう指示する。また、余裕時間の偏りがあれば、タスク割り当ての変更や優先順位の低いタスクの先送りなどを行う)について検討する。そして、個人の動きの制約となるアポイントメントの時間設定や短縮化、技能の向上により効率化できるのであればそのための教育研修、また、各タスクの優先順位を見極めるため部門間で情報共有を行い、さらには、フロートさえも単なるリフレッシュに留めることなくチームメンバー間のコミュニケーション促進を図る工夫など、様々なアイデアを行動に移して行く。それが、管理職の行う「リソース管理」なのです。

2017/10/12

退院支援協働タスクのネットワーク化とモデル化

「退院支援ナースは、医師の指示の前に動き出して欲しいんです!」

 医師曰く「病棟のナースは医師の指示待ち族ばかり。医師が指示しないと誰も動かない。ただでさえ医師は超多忙なのだから、退院支援ナースならなおさら、先々を考えて退院支援に動き出して欲しい。そうでないと、在院日数を縮めるとか永遠に無理!」
 他方、看護師曰く「何だかんだ、責任を負っているのは主治医。ナースが判断なんかしたら、それこそ大問題。医師は患者の状態を踏まえた上で、治療と検査のスケジュール、退院見込みの提案、退院日の調整指示、最終カンファレンスへのGoサインぐらいサクッと出してもらわないと‥」

 医師と看護師からの板挟みに遭い、退院支援を構成するタスクを洗い出すことにしました。病棟の退院支援を生産管理論の基本であるPERT(プログラム・エバリュエーション・アンド・レビュー・テクニック)モデルに当てはめ、多職種連携による作業を分解して時間軸のもとに並べ、全体の流れの最適化を図る方法です。入院から退院までの全ての作業の流れを鳥の眼で見渡せる作図を行うことで、関わる医療従事者が「次は何をするべきか」悟らせようとするものです。PERT図は通常、クリティカルパス(最重点管理工程)を見出す手法として普及しているので、皆さんが普段使っているクリニカルパスの原型モデルとなるものでもあります。

 今回は、症例が多くモデル化が容易な「誤嚥性肺炎患者の受け入れ」を想定し、肺炎治療から退院支援へとつながる多職種協働のPERT図を作成してみました(以下)。
 上の図は高齢患者が、発熱に伴って介護施設から救急搬送され、入院するケースです。PERT図ではイベントを丸印と番号で表現します。ここでは①を入院、⑨を退院としています。そして同図では、多職種が協働する様々な活動(アクティビティ)を実線の矢印で表現し、また活動は伴わないもののゴールや指示の確認(サイン)を破線の矢印で表現します。

 入院以降は、まず主治医を中心に治療計画を確認する「初期カンファレンス」などの初期イベントがあります(②)。そこでの合意事項のもと抗菌薬治療が開始され、検査スケジュールに基づき発熱とCRPを確認する治療プログラム(②→⑤)が医師によるメインの活動となりますが、同時進行で担当看護師と退院支援看護師による誤嚥性肺炎の嚥下評価プログラムが動き始めます。ここでは、そのプログラムを2つ設定しています。痰吸引の医療処置レベルを見極めるプログラム(②→③)と、食事が始まった段階から介護食レベル(キザミ食、トロミ食など)を見極めるプログラム(②→④)です。メインとなる治療プログラムで体温やCRPのアウトカム水準を確認する「中間カンファレンス」などのイベントが開かれます(⑤)が、このイベントまでに痰の処置方針(③)と介護食の対応方針(④)が見極められ、その(⑤)イベントでOKサインを出すという流れになります。ここまでが、治療プログラムを中心とした前半のプロセスです。

 後半は退院支援プログラムを軸とするプロセスに入ります。「中間カンファレンス」のイベントを起点に、メインとなるバトンは医師からMSWに移され、救急搬送元(自宅や介護施設など)に帰るのか、その他の退院先を探すのか、MSWが患者の病状と患者・家族の意思を確認して実際の退院先を確定し、併せてスケジュールの都合を確認して具体的な退院日を確定する退院調整のプログラムが動き出します(⑤→⑧)。それと同時進行で、担当看護師が「中間カンファレンス」で確認した医療処置方針に基づき患者及び家族を指導する医療処置指導のプログラム(⑤→⑥)と、退院支援看護師が退院先となる後方の関係者(介護施設の介護担当者、ケアマネジャー、訪問看護の担当看護師など)に情報を共有し、必要に応じて指導する後方指導のプログラム(⑤→⑦)が進められていきます。メインとなる退院調整プログラムで退院先と退院日を確定後「最終カンファレンス」のイベント(⑧)が開催されますが、このイベントまでに医療指導と後方との情報共有が予定通り執り行われ、担当者はそのイベントでOKサインを出さなければなりません。ここまで関係職種の担当タスクが時間通り遂行されて初めて、⑨の退院へと進んでいくわけです。

 この退院支援モデルは、現時点では協働タスクの連携構造図(ネットワーク図)に過ぎないので、それぞれの矢印の「時間軸の長さ(予定所要時間)」が入っていません。しかしながら様々な病状と重症度、様々な属性の患者の退院支援について、各タスクを開始するタイミングの変更、「ついで」の機会を使った効率化や情報システムの活用、それぞれの専門職が専門分野を超えて行うタスクの融通などを工夫しつつ、様々なケースの所要時間を計測、記録していくことで、在院日数の短縮化と標準化が進んでいく展開を期待しています。
 今後は、この「モデル」を「実績」に変えて行かなければなりません(こちらのエントリにつづく)。

2017/10/06

経営学の古典に学ぶ「チーム医療」管理論

「今度、師長になります。管理職として何か読むべき本とかありますか?」

 「上司に、ドラッカーを読めと勧められました」とか、良く聞きます。もちろん、アメリカの著名な経営学者P・F・ドラッカー(1909-2005)の本もオススメなのですが、大学の経営学部的にはC・I・バーナード(1886-1961)のほうがメジャーです。経営管理論のメインコンテンツこそ「バーナード理論」なのです。どちらかと言うとドラッカーは顧客志向のマーケティングに関する著作が有名で、人の上に立つ管理職について研究した本となると、やはりバーナードでしょう。バーナードの著作(『経営者の役割』)は、経営管理論の古典中の古典です。

 先のエントリ(こちら)では、私なりに「チーム医療」の定義づけを行いました。主治医と患者担当のプライマリ看護師、病棟師長、担当リハビリスタッフ、MSWなど多職種が、共有化された治療計画(クリニカルパスやプロトコル)のもと、個々の専門的知識と労働力を投入(インプット)して結果(アウトプット)を出し、それらを一定基準(中間アウトカム)で接続させて、最終的な成果となる退院基準(最終アウトカム)へと導く。その治療計画上での、参画メンバーそれぞれによる一連のタスクのつながりを「チーム医療」としています。先のエントリの表現を使えば、「中間アウトカムでつなげた複数のパスの連立方程式を、滞ることなく的確に解く」こと、これがチーム医療です。
 さて、バーナード理論を踏まえると、チーム医療はどう管理されるべきなのか? 同理論の要諦は「有効性と能率」という2つの概念にあります。

 バーナードが言う「有効性」とは、目的達成に有効なインプットの技術レベルのことです。つまり、技術的かつ具体的な処置や薬剤の使用などスキル全般を意味し、インプットの有効性が高ければしっかりとしたアウトプットが出せます。さらに、チームで協働するために必要な基準(中間アウトカム)があるので(例えば、転科基準を取り上げたこちらのケース)、その行為の達成目的は必然的にアウトカムとなります。チームメンバーのそれぞれが、知識と経験と労働力の完璧なインプットを行って、あっさりとアウトカムを引き出すことが出来る技術。そうした技術を有するメンバーが多ければ、それは「組織の有効性」が高いチームです。いわば最も有効性が高いのは、「どんな状態でも焦らず成果を出せる、実績十分のベテランを揃えたチーム」となるでしょうか。
 ごく当たり前の話ですよね。問題は次です。

 バーナードが言う「能率」とは、成果目的達成に取り組むチームメンバーの意欲の持続性(モチベーション維持)のことです。通常「能率」概念は、インプットに対するアウトプットの比率を意味します。少量のインプットだけで大量のアウトプットを産出することを、われわれは「能率的」と表現します。しかし、それだけでは、組織が求めるアウトカム水準に達しないアウトプットを、個人が勝手に、「能率的」に量産させてしまうかもしれません。そこでバーナードは、インプットとアウトプットではなくアウトカムと個人のモチベーションを軸に据え、この「能率」概念を全く異なったものに仕立てています。インプットすれば一応のアウトプットは出るのであって、最終的な目標はあくまでもアウトカムなのだけれども、そのアウトカムは達成できることもあるし、達成できないこともある(クリニカルパスではこれをバリアンスと言っています)。そこでの現実問題は、仮にアウトカムが達成できなかった時、インプットを行ったメンバー個人のモチベーションが下がってしまうことであって、たとえアウトカムを達成できなくても(通常、アウトカム未達ならガッカリ意欲喪失してしまうところ)メンバーのモチベーションが高く維持できるなら、それこそが「組織の能率」の高いチームだ、と考えるのです。いわば最も能率的なのは、「少量のアウトカムしかなくても腐らず、有効なインプットを大量に投入し続けるチーム」となるでしょうか。

 管理職の役割は、チームの「有効性と能率」を引き上げることです。看護師長になったのなら、病棟におけるチーム医療の「有効性と能率」を引き上げなければなりません。技術力の低いままアウトカムが出せずに腐っているプライマリばかり(WLBを盾に現場から逃げようとするのも同じ)、では師長失格なのです。パス上のアウトカムを確実なものとするために、チームメンバー個々が行う「知識と経験と労働力」というインプットの技術レベルを可能な限り引き上げるには、何をどうしたら良いのか。例えば、どんな訓練や振り返り、さらにはどんな情報共有を行うべきか(外部の定型的な研修やコンサルティングに、安易に依存していませんか?)。パスのアウトカムが達成できずバリアンスとなっても、関係メンバーのモチベーションを維持し続けるには、何をどうしたら良いのか。例えば、どんな声かけや手当、さらにはどんなバリアンス対策を講ずるべきか(半ば軍国主義的に、現場スタッフへ自己犠牲を強要していませんか?)。

 「何となく解ったような、まだ腑に落ちないところがあるような、モヤモヤした感じがあるので、バーナードの本、早速買って読んでみます!」と、皆そう仰るのですが、私はオススメ致しません。というのは、バーナードの本は超難解!!だからです。

2017/10/05

クリニカルパス上のインプット・アウトプットとアウトカム

「とにかく最終的なアウトカムは、退院基準の達成です」

 先のエントリ(こちら)でとりあげた「大腿骨頸部骨折患者が肺炎発症」のケースで考えてみましょう。クリニカルパスは、肺炎治療と整形外科手術と退院支援の3本がつながって同時に走る連立方程式です。3つの方程式それぞれにインプット、アウトプット、アウトカム(中間)があり、連立方程式の最後にまたアウトカム(最終)があります。

 まずはパス1本目。内科医が診察し、治療計画を立て、点滴抗菌薬を患者にインプット。検査スケジュールに合わせ発熱とCRPをチェック、例えば「38.0度、18mg/dL」まで下がったのなら、それがアウトプット。でも、未だ手術が出来る状態ではない。内科医と整形外科医で手術が出来る基準について、例えば「37.5度以下、10mg/dL以下」と定めたのなら、それがアウトカム(これは肺炎パス上のアウトカムに過ぎず、退院基準まで持って行くまでの全体で見れば「中間アウトカム」)。

 そして2本目。肺炎の中間アウトカムをクリアした患者を、骨折骨接合術や人工骨頭置換術パスへと接続。退院先の環境(自宅の状況など)及び患者ニーズを踏まえ、ADLやFIMのゴールを個別に設定。これがアウトカム。カンファレンスを行い手術とリハビリの計画を決め、手術実施(整形外科医の知識と経験と労働力をインプット)。手術が成功したら、それがアウトプット。この段階になると最終的な退院基準が見えてきます。疼痛管理に薬剤師や看護師が、同じくリハビリにPTやOTがインプット。それぞれが持ち場でタスクを工夫して少しでも状態・状況を改善させたのなら、それらは全てアウトプットにはなるが、それぞれが最終的な退院基準(アウトカム)につながるレベルでなければいけない。

 3本目は、上の2つと同時進行。多職種で退院支援パスを組み、ケアマネジャーが労働力をインプットして介護保険申請し保険適用なら、それがケアマネジャーのアウトプット。MSWが労働力をインプットして患者と家族のニーズを傾聴し、OTのインプットと共に家屋調査を実施して、ADL等の設定ゴールの実効性を確認したら、それがMSWとOTのアウトプット。そして、退院支援ナースがそれらアウトプットを踏まえ、病棟で実際の動きを想定してチェックするなどして主治医に治療終了の目安を確認し、患者や家族と退院日のスケジュールを調整するなどもろもろのインプットがあって、めでたく無事退院。これが、最終アウトカムになります。

 節目となるポイントは、内科医が手術OKのサインを出す「肺炎治療の中間アウトカム」(体温とCRP基準)、整形外科医とPTやOTが退院OKのサインを出す「骨折手術の中間アウトカム」(疼痛管理やADL等の基準)、MSWやケアマネジャーそして退院支援ナースが環境状況OKのサインを出す「退院支援の中間アウトカム」であって、これらの連立方程式を全てクリアした段階が「退院基準達成という最終アウトカム」となる訳です。

 ちょっと混乱させてしまったかもしれません。1本目のクリニカルパスには、内科医と担当看護師の知識と経験と労働力がインプット(投入)され、その過程でアウトプット(結果)をいくつか出しつつ、2本目につなぐアウトカム(成果)まで持って行く。2本目のパスでは、整形外科医と担当看護師とリハビリスタッフの知識と経験と労働力がインプットされ、その過程でアウトプットをいくつか出しつつ、退院基準を満たすアウトカムまで持って行く。3本目のパスは、患者ニーズに応じて始まり、例えば期間を要する介護保険申請などでは、早くからケアマネジャーやMSWの知識と経験と労働力がインプットされていて、退院支援ナースはその全体を見通しつつ、あらゆる局面でさまざまなインプットを惜しまない。

 「チーム医療」とは、これら多職種によるインプットとアウトプットの集合体であり、かつ、アウトカム基準によるパスの相互接続があって初めて成り立つもの、であると私は考えています。

2017/10/01

収益力改善余地と経験曲線効果の評価

「とりあえず“仕分け”終わりました!」

 ある病院で、診療実績を疾病ごとに仕分けてもらった(こちらのエントリ)あと、その理論的な裏付けについて「4つのタイプ」を提示しつつ解説しました(こちら)。でも、経営学的な分析はここからが本番です。さて、研修に出ていた皆さんの仕分け結果を詳しく見てみましょう。

 上の図は、それぞれの疾患を「4つのタイプ」に振り分けたものです。赤い字で書かれているものは各タイプにおける「件数の多い疾患」で、前回の仕分けでも提示されています。ここでは他にも、各タイプの「件数の少ない疾患」(青字)と「多くも少なくもない件数の疾患」(黒字)を併記しています。このように仕分けするだけでも、病院の収益を決める要因が明確に見えてくるはずです。

 せっかく仕分けて頂いた4タイプですが、早速これを修正する作業に入ります。
 第一に、ヨコ軸の仕分け結果を修正する取り組みです。ヨコ軸は「診療報酬-原価」で左右に分けていますが、在院日数削減の取り組みや取りこぼし加算の確保など診療報酬を引き上げていく工夫、また既存スタッフの活用やジェネリック薬の共同購入など原価を引き下げる工夫で、向かって右側の患者(「問題児」「招かれざる客」)を左側の収益ゾーンへと移動させる取り組みが必要です。こうした組織全体での取り組みのほか、患者ごとに設定される「主病名」の選びかたや疾患ごとに用意されているクリニカルパスの見直しなどで、疾患の中には大幅なコスト削減を実現させる道を探り、同様に右側の疾患の一つ一つを左側に寄せていく取り組みが重要です。こうした「収益力の改善余地」について全体と個別で検討し、速やかに実施して、右側の患者をできる限り左側に移動させていくわけです(2つの赤い矢印による「再仕分け」)。つまり、「問題児」はできる限り「看板」へ、「招かれざる客」はできる限り「金のなる木」へと転換させる施策を考える必要がある。これが修正作業の第一です。

 第二に、タテ軸の仕分け結果の再評価です。タテ軸はここ数年における患者数の「伸び」で上下に分けています。経営学的には、患者数が伸びて処置件数が多くなっていけば、対応するスタッフの経験値が増えて首尾良く医療処置をこなせるようになり、また同様の処置を大量にこなすことで規模の経済(量産効果)が引き出され、収益性が上昇していく(経験曲線)という前提があります。このとき患者数が伸びていて件数も多い各疾患においては、自院のチーム医療は「経験曲線効果」を発揮できているか否か(現在は発揮できていなくても、工夫次第で発揮できるようになる余地があるか)を判断することが求められます。その一方、患者数の伸びが滞っている「カネのなる木」は手術や処置の機会が減っていく訳ですから経験曲線効果は基本的には見込めないことになりますが、それぞれに対応する専門医療機器の技術革新や、手術等の時期を調整して一度に行ったりする工夫で、患者数が減少する中でも医療スタッフの経験曲線を上昇させていくことが可能な疾患もあります。これらを下から上へと引き上げていく、また逆に、患者数は伸びていても患者の容態は多種多様で経験曲線を引き上げにくい疾患については上から下へと移動させる。つまり、「看板」と「問題児」の上2つと、「金のなる木」と「招かれざる客」の下2つを、経験曲線効果の有無から入れ替えていく必要があるのです(2つの青い矢印による「再仕分け」)。

 以上のような左右、上下の移動をもって「4つのタイプ」を確定させ、それぞれにマッチした事業戦略を組み立てていく。病院の経営戦略は、こうして具体策を検討する段階に入っていきます(つづく)。