どんな職種でも、専門技術のレベルが向上することは喜ばしいことです。分野を限定して特化し、特定の作業のみに集中すると、情報や経験をより早くより深く蓄積することができます。未熟練の初心者でも、生産ラインの作業を効率的に分割し、一つの作業のみに特化させると、その作業の習熟曲線は短期間で上がっていきます。しかしながら、その作業は全体の中の一部に過ぎないので、工程システム全体の構築がかっちり確立していないと、一部だけの習熟曲線向上など意味を成しません。一部だけかっちりしていても、全体のかたちがグズグズなら、「チーム」仕事での結果が求められているのならなおさら、良好なパフォーマンスは出せないからです。
冒頭の良く耳にするセリフについて言えば、「有資格の専門職」の仕事で、その仕事全体が完結するなら、それで問題ないかもしれません。例えば、一つの工芸作品を一人の職人が、加工から仕上げまで完全な一貫生産で、責任を持って取り組むような仕事です。それでも、自分一人でやっているように見えて、他に依存している部分は必ずあります。木の角材から、自分一人で削って磨いて絵を描いて人形を作るような職人作業でも、良質な角材を山林から探して切り出し、加工しやすい状態まで乾燥させ、手頃な大きさに切断して納品してくれる素材業者が存在して初めて、職人はその専門技術を発揮することができるのです。一見して「チーム」仕事でないように見えても、そこには裏方のチームメンバーが往々にして存在していて、そのメンバーがいなくなると途端にパフォーマンスが落ちてしまう、というわけです。
病院をはじめ多くの医療施設で繰り広げられる仕事は、概ね基本的に「チーム」仕事でしょう。「チーム医療」という言葉は、既に広く定着しています。それぞれが専門職として担当している仕事の環境を整備しパフォーマンスを上げていく取り組みは重要ですが、それは「部分最適」に過ぎません。個々の医療従事者に求められる第一の目標は、チーム医療としての「全体最適」です。その「全体最適」の引き上げのために必要な(自分からは見えない)仕事について、一時的にでも専門分野を離れ、鳥の眼で全体プロセスを見渡しながらそれが何かを探し、それが特定できたのなら、専門以外のことでも積極的に取り組むべきだと思います。この視点なくして「全体最適」は成しえません。
とはいえ、例外もあるでしょう。たとえ「有資格の専門職」でも、全体のパフォーマンスの足を引っ張ってしまうほど著しく経験が欠如しているなら、専門技術の習熟曲線が一定程度上がるまで「専門以外のことはやっちゃいけない」(やってる場合じゃない)かもしれません。資格手当は貰っていいが、技術手当や技能手当は貰えないレベルの場合です。そうした若手がああしたことを言うのなら、こういう理屈を説明し、そこそこのレベルになるまで見守ってあげるのも、寛容な先輩としての大事な仕事だと思います。
病院をはじめ多くの医療施設で繰り広げられる仕事は、概ね基本的に「チーム」仕事でしょう。「チーム医療」という言葉は、既に広く定着しています。それぞれが専門職として担当している仕事の環境を整備しパフォーマンスを上げていく取り組みは重要ですが、それは「部分最適」に過ぎません。個々の医療従事者に求められる第一の目標は、チーム医療としての「全体最適」です。その「全体最適」の引き上げのために必要な(自分からは見えない)仕事について、一時的にでも専門分野を離れ、鳥の眼で全体プロセスを見渡しながらそれが何かを探し、それが特定できたのなら、専門以外のことでも積極的に取り組むべきだと思います。この視点なくして「全体最適」は成しえません。
とはいえ、例外もあるでしょう。たとえ「有資格の専門職」でも、全体のパフォーマンスの足を引っ張ってしまうほど著しく経験が欠如しているなら、専門技術の習熟曲線が一定程度上がるまで「専門以外のことはやっちゃいけない」(やってる場合じゃない)かもしれません。資格手当は貰っていいが、技術手当や技能手当は貰えないレベルの場合です。そうした若手がああしたことを言うのなら、こういう理屈を説明し、そこそこのレベルになるまで見守ってあげるのも、寛容な先輩としての大事な仕事だと思います。
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