2017/11/09

介護報酬マイナス改定を「国民目線」で考える

「この現状でマイナス改定なんて、政府は何を考えてんですかね!」

 周知の通り来年の平成30年度は、「6年に一度」の診療報酬と介護報酬ダブル改定です(診療報酬は2年ごと、介護報酬は3年ごとなので、6年ごとにダブル)。介護については、2年前から政府内で検討が始まっている「第7期介護保険事業計画」のスタート年度でもあります。同計画では、保険者(国民から介護保険料の納付を受けている団体組織=地方自治体)主導の制度改革と、ケアマネジャーなど地域の関係者が集って知恵をひねり続ける「介護予防」(地域包括ケアの予防的実践)が謳われています。さらに保険単位が市町村から都道府県に広がる、つまり保険者が市町村から都道府県へと移行します。市町村のような小規模保険者だと財政が不安定になるし(「小さな保険会社の保険に加入するより全国レベルの大企業のほうが安心」というビジネス原理と同じ)、小さな役所だと職員も少なく事務が大変だし(大会社で一括処理したほうが低コスト)、市町村単位だと良いところと悪いところの格差が出るし(企業城下町になっている市町村は良いが、その他の過疎地は目も当てられないマーケット問題)、といった具合なのですから経済合理性で考えれば必然の流れだと思います。

 来年度のダブルどころかトリプルの環境変化に対し、特別養護老人ホームの経営者など介護サービスの事業者は必死に今後の経営戦略を検討しているはずです。事業者にとって「介護報酬はサービス単価」に他なりません。これは、タクシーの「初乗り料金+一律のメーター運賃」と同じです。少子高齢化で、人手は集まらないのにも関わらず、入所希望者はどんどん増える。こんな状態で単価が下がってしまったら、収入減と職場のブラック化は必至です。減収が人件費負担にガツンと来て、賃金引き上げなど不可能、よって人材が集まるわけもなく悪循環。他方、保険者が大きくなるのは良いことばかりではない。しかも政府は、その「保険者主導のリーダーシップ強化」を国の計画として謳っているのです。民間保険の領域が広いアメリカなどでは、病院などの事業者より巨大な保険会社(米の保険者)のほうが立場も権限も強力で、「こんな適当なサービスじゃぁ支払いなんかできねーよ」なんて事業者たる現場の医療従事者は効率化とコストダウンを強いられるばかり。まさに、下請工場が親会社にイジメられるような構図が固定化するかもしれません。

 現在の状況は、事業者にとってかなり厳しい。そこで冒頭のセリフが出てきます。単価を下げられたら困る(介護報酬マイナス改定が続いたら困る)。効率化やコストダウンを迫られたら困る(保険者主導が行き過ぎたら困る)。だから社会に、とりあえずはマスコミにアピールしなければなりません。単価つまり介護報酬が引き下げられたら、介護施設の現場は崩壊する。高齢者(国民)は入所できなくなる(現状でも、入居待ち人数が凄く多いのに)。施設で働く労働者(こちらも国民)は、いつまでたっても処遇が改善されない(現状でも、かなりブラックな職場なのに)。実際、マスコミで展開される取材記事や論調は、こうした「事業者目線」のものが多くなっています。そしてわれわれ国民はそれらを読んで、「少子高齢化で大変なのだから、介護サービス事業者の単価は上げてやったら良いのでは?(それをマイナスなんて‥)」と、内心感じているのではないかと思います。

 経営学者は「事業者目線」を大事にしなければならないのですが、私も国民の一人ですし、介護保険制度自体が国民のためのものなので、ここは「国民目線」で書かせて頂きます。

 まずは、介護保険料についてです。「単価」はさておき、今後の日本においては「サービス供給量」が大問題です。団塊世代の後期高齢者化が控えている訳ですから、必然的に供給は増える。つまりサービス利用者が確実に増える。すると、その分が事業者から保険者に請求されてくる。支払いが増えカネが出て行けば、保険者はカネを確保するため保険料を引き上げるしかない。結果、われわれ国民が納付する介護保険料は増えていく。こうなると先の、「大変だから事業者の単価上げてやったら良いのでは」なんて国民の気遣いはどこかへ飛んで行くでしょう。自分の出費が増えるとなれば一大事、とりわけ「年金受給が少ない高齢層の国民」が納付する介護保険料問題がシビアです。保険料が上がって不満を募らせる国民が出てくる前に、その対策を打たなければならない。最も確実な対策は単価切り下げ、すなわち介護報酬のマイナス改定です。明確な事実は、「単価削減というマイナス改定は、介護サービス利用者のお財布にやさしい」と言うこと。これは「介護サービスの値段が下がる=国民の自己負担が減る」ことを意味します

 そして、介護職員の昇給問題についてです。前々々回の平成21年度改定の時(麻生内閣時代)、既に介護職場のブラック化は社会問題になっていて、現場の労働者の賃金を上げるべく介護報酬はプラス改定を実施しています。少なくとも「政府目線」ではそうです。それで、結果はどうだったか。そのプラス分は、現場職員の昇給にはほとんどつながって行かなかった。医者や看護師が病院に対して持つバーゲニングパワー(交渉力)と比べ、介護労働者が施設に対して持つそれは、力不足が否めなかったのでしょう。働き方改革と賃金アップによるデフレ対策を目指す安倍内閣は、そこに切り込んだ。こうして前回の平成27年改定では、介護報酬をマイナス改定として単価を絞りつつ、新たに「介護職員処遇改善加算」を設け、介護報酬を介護労働者の賃金増に紐付ける工夫がなされています。「われわれの施設では、現場の職員の賃金をこれだけ上げる」という計画を出させ、それが実行されて初めて加算が下りるシステムです。昨年度にこの加算を申請、受給した全ての法人は、この夏に実績報告書を提出しているはずです。介護現場で働く「国民目線」で評価される施策になっていると思います。

 「国民目線」で介護保険サービスの「未来(2025年の供給増問題)と過去(報酬の労働分配問題)」を考えると、今度の「介護報酬改定」はかなり厳しくなるのでは?と予想せざるを得ません。

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