2017/11/11

医療従事者の「モチベーション」を高めていくもの

「手当や給料でナースを働かせようとしても、ムダですよ」

 とある病院の研修で病棟師長さんに、こう言われてしまいました。退院支援促進のための新たなプログラムを開始するに当たり、「参加者に手当を出しては?」と提案してみた時のことです。彼女曰く、「ナースを動かすには、まずビジョン、そして意味と意義。ナイチンゲールの精神を尊ぶ人たちです。最初におカネの話なんかしたら下に見られて、先生の言うことなんて聞いてくれませんよ」。うーん、そうなのか‥と思い、インターネットで「看護師_モチベーション_論文」と入れて検索してみました。貴重な研究論文がたくさんヒットしたのでいくつか読んでみたのですが、誤解を恐れず率直な印象を申し上げると、「人並み外れて」いて「数字が多く難しい」。医療従事者のモチベーションは「モラル」「有能感」「達成感」等によって維持される、それらは「因子分析(斜行回転)」「測定尺度」「線型モデル」「重回帰分析(t検定)」によって支持される、そしてアメリカでは、EUでは‥。

 論文の中には、理論モデルが示されていたりします。それらを読み解いていくと、まず医療従事者のモチベーションを引き上げるもの(因子)があり、個人的には「教育的背景(出身学校)」「専門領域」「経験年数」「所属組織における職位」「学会や研修など教育機会への参加」「仕事のやりがい」等で、組織的には「所属組織の社会的地位」「理念や目標など組織の方針」「教育機会の提供」「臨床能力評価」「目標管理」「チームワーク内での返報性(恩返し的なもの)」等々。これらが医療従事者を動機付け、やる気を引き出す(確かに!)。一方、モチベーションを引き下げるものがあって、誰もが知る大小様々な「ストレス」。医療とは究極のサービス労働なのですが周知の通り少子高齢化で職場がどんどん過酷になっているため、「患者・利用者・家族からのストレス」「上司・同僚・部下からのストレス」「仕事内容に起因するストレス」「労働時間に起因するストレス」「法令遵守や管理責任に起因するストレス」等々、モチベーションの引き下げ要因は枚挙にいとまがない(そうでしょうね‥)。冒頭の病棟師長が仰る通り確かに、モチベーション因子(要因)に「おカネ(給料や手当)」が入る余地は少ないのかもしれません。

 要因の項目がたくさんありすぎて、それでいて統計的手法が多用され、論文は夥しい数の数字で溢れていたので、私の頭の中が少々混乱した。そこで、経営学の基本に立ち返って整理してみたくなった、というのが今回のエントリです。

 医療従事者界隈で何かと問題になる「モチベーション」ですが、経営学部の人的資源管理論では「モチベーションとインセンティブ」のセットで講義します。すなわち「動機付け(モチベーション)と誘因(インセンティブ)」でセット。簡単に言うと、前者は「やる気」、後者は「それを刺激するもの」。もっと簡単に例えると、「人参(インセンティブ)」を垂らして「馬の鼻息(モチベーション)」駆り立てるパターンの、この「鼻息と人参」でセット。そして「この2点セット」を理解し活用する上で欠かせない枠組みがあり、それが、この2つは①「金銭的」、②「社会的」、③「自己実現」の発展段階的3局面でそれぞれ相対する概念となる、というものです。

 まず①、人間には「生活のために稼ぎたい」という金銭的なモチベーションがあり、それに向けて工夫するのが金銭的インセンティブとなります。冒頭の病棟師長は「ウチのナースに金銭的インセンティブは効かない」と言っていましたが、これが効くスタッフ層(群)は必ず存在する。「夫がリストラされた」「子どもが私立中学に合格した」「マンションの修繕積立金が値上がりした」など、おカネが必要な人たちのモチベーションを刺激するのは、手当(時間外、役職)であり昇給なのです。しかし、これらのインセンティブは客観的で分かりやすいものの、ある一定レベルを超えると効果が薄れる傾向がある(年収300万円の人に100万円昇給するのは非常に効果的だが、年収1000万円の人に同じ額昇給してもそれほどの効果はない)。つまり、現在の看護師は賃金がある程度高いので、金銭的モチベーションが低く金銭的インセンティブが効きにくい、という仮説が成り立ちます。逆に言えば、年収が低い年齢層や、子どもがいるなど生活費が増えつつある世代には、普遍的に金銭的インセンティブが効く、ということです。

 次に②、人間には「同じ価値観を持つ集団に所属し、構成員として認められたい」という社会的なモチベーションがあります。皆さん良くご存じの、マズロー欲求5段階説の3番目です。医療従事者のモチベーション論文には、この社会的モチベーションに関する因子がたくさん取り上げられていたように思いました。医療従事者には、同じ思いを共有する組織の中で自らメンバーシップを発揮しようとする強い社会的モチベーションがあり、この情熱的で献身的な人となりが、スタッフそれぞれの出自、専攻、地位、権限、役割、扱い、評価、尊厳など社会的インセンティブによって刺激される。スタッフが定着し、良い医療を効率的に行う組織には必ず「面倒見の良いチーム」が存在し、個人はそのチーム集団に所属することでもたらされる利益を享受しながら、その集団内での評価、地位、権限を得ようと、集団内での自らの役割を出来うる限り果たそうとする。すなわち「役割」達成という社会的モチベーションが、集団における「評価、地位、権限」という社会的インセンティブによって刺激されていくわけです。

 そして③、人間には「自分はこうありたいという理想に向け、限りなく成長し続けたい」という自己実現的なモチベーションがあります。そうした人間の損得勘定を超えた究極的な自己実現モチベーションを刺激するものこそ、「憧れの先輩」のような「理想像」「先行モデル」、つまり自己実現インセンティブです。これらは最も高い次元に位置する「セット」となります。金銭的インセンティブが余り効かないレベルの高所得を得て、社会的インセンティブを刺激され最良のチームのポジションも得られたのなら、あと残されているのは自己実現インセンティブだけ。しかしながら自分の理想を完璧に体現できている人間など身近な周囲には、そうそういない。だから、その理想を文字にして壁に貼っておく。それが、組織が掲げる「理念」「ビジョン」「目標」なのだと思います。

 あなたの病院が掲げている「理念」は、あなたの高次元のモチベーションを日々刺激し続けるインセンティブに‥なっていますか?

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