2017/11/27

在院日数短縮への「対症療法と原因療法」

「統計学‥従属変数?因果関係?? で、対症療法との違い?って」

 統計学は因果関係を読み解く学問です。「統計学が最強の学問‥」といった本がベストセラーになっていて、経営学においても頻繁に活用されています。代表的なのは、「風が吹けば桶屋が儲かる」という言い伝えでしょうか。古典学的な解釈よりも俗説のほうが解りやすいのでそっちで説明すると、「風が吹く→ボヤが大火事になる(海山で遭難事故が増える)→多数の死者が出る→葬儀で棺桶が大量に必要になる→棺桶屋の売上が上がる」という一連の流れです。一見して無関係に見える事象同士(大風の風量と棺桶屋の売上)でも、巡り巡っていく因果関係の中にある、ということ。時には、あり得ないこじつけを批判する際に使ったりもします。

 さて、その統計学についてです。このときの「桶屋の売上」を従属変数(あるいは目的変数)、そして「大風の風量」を独立変数(同じく説明変数)と言います。ちなみに「変数」とは、文字通りその都度変わる数字であり、その数字を書き入れる計算式の箱です。解りやすく言うと、風の風量が2立米、3立米と上がって行くに連れて、棺桶屋の売上が2倍、3倍と増えていけば、この両者に因果関係があることになります。つまり、独立変数の風量が変化すれば、従属変数の売上が変化する。あくまでも風が先で売上が後。もっと例えて言うなら、牛乳をたくさん飲むと身長が伸びる、勉強をたくさんすると成績が伸びる‥。このときの牛乳摂取量や勉強時間を「独立変数(説明変数)」、身長や成績を「従属変数(目的変数)」というわけです。

 さぁ、掲題の在院日数についてです。日々、目にしないことはない「平均在院日数」。医療従事者の皆さんにしてみれば、恨めしい数字かもしれません。病床稼働率を上げるために、さらにはその回転率を上げるために、全ての患者の在院日数を短縮しなければならない。しかも、とりあえず他院に送る「爆弾回し」ではなく、在宅復帰を進めなければならない。医師の意向、患者や家族の希望などなどは一先ず置いといて、理事長や事務長などから「ベッドコントロール!在院日数を短縮し、在宅化を促進せよ!」と命令を受けた皆さんは、まず何をするでしょうか。「退院支援Nsを任命して対策に当たらせる」「担当者で集まって話し合い、チームを作り相互に連携して対策に取り組む」「スクリーニングシートを活用して患者情報を収集し、医師をはじめ全ての担当者で共有する」「チームメンバーを院外にも広げ、ケアマネジャーなど外部者との連携を密にして対応する」‥。キーワードは「1に連携、2に連携、3~4で(情報)共有、5に連携」です。
 しかしながら、頑張っている皆さんを前に難癖付けるのは極めて心苦しいのですが、これら全て「対症療法」に終始しているように見えて、常々から色々とうずうずしてしまう今日この頃です。

 そこで、もう一度、統計学の「従属変数と独立変数」に戻ってみましょう。やっぱり必要なのは、対症療法ではなく「原因療法」ではないでしょうか。連携と情報共有で問題に対応するのは重要ですが、そもそも「何で在院日数が減らないのか」「何で在宅療養が伸びないのか」の根っこにある原因は何か。ここをスルーして「連携!共有!」はNGです。さらに、その原因の程度を表す数値はないのか。在院日数を従属変数(つまり先の例えで言うところの身長や成績)とすれば、それと因果関係にある独立変数(同じく牛乳や勉強)が必ずあるはずです。「何が増えると在院日数が伸びる」「何が減ると在宅療養が伸びない」、さらにもっと進めて、その独立変数の数字の動きをモニタリング出来ないのか。風が何立米を超えて吹くと、ボヤは大火事に発展し、多数の死者が出る。それなら、その風は、どういうメカニズムで吹くのか。どんな環境で、強くなるのか。その対策には何をどうすれば良いのか。その対策を施して、住民に安心してもらうには何をどうすれば良いのか‥。とにかく原因を特定し、それを数値化(独立変数と)してモニタリングし、因果関係の向きを捉えてその対策を考え、その先にある問題の「在院日数」の変化を分析する。こんな、従属と独立の双方の変数を追いつつ行う原因療法的な対策こそ、病院経営改革に不可欠な考え方ではないかと思うのです。

 またまた例によって、経営指導先の病院のスタッフの皆さんに、そんな独立変数を「あーだこーだ」考えて頂きました。
 「それならまずは誤嚥性肺炎。最初に何より発熱とCRPの値、次に患者ADLと嚥下評価の摂食状況レベルの数字。これら独立変数?の数字を適当に解釈して安易に食事始めちゃうと喉ゴロゴロ、咽せてゲホゲホ、痰の吸引ゴボゴボとなって、在院日数は確実に伸びる。食事の際の水分量が重要。ゼリーやトロミ剤の濃さ、キザミ食材との組み合わせとか粘度のスケールに落として食事開始のスタートラインを決め、そこからの担当プライマリNsの患者状態チェック回数を独立変数に、そんで従属変数の在院日数との関連を追って行ったら因果関係出る??」
 「誤嚥性肺炎の患者なら退院後、在宅療養になって、決められたクスリ飲まなかったり、指示されたトロミ剤使わなかったりすると、徐々に状態悪化して熱発で救急車呼んで再入院しちゃう。これじゃ在宅療養は全然伸びない。だからこの辺り、独居なら訪問看護のNsやヘルパーさんに残薬数(クスリ摂取率)とかトロミ剤スティック使用数とかチェックしてもらって、それ系のデータを独立変数にずっとモニタリングして、ヤバい!ってなったら介入するってのアリ??、だよねー」
 「そもそもなんだけど、在宅療養時のデイ(サービス)とか介護サービスの充実度みたいなの、あとは予定はしてたけどめんどくさいから結局行ってないとか系の出席率とか、こういうの変数?として追っかけていくと、かなりリスク減るよね。そうそう、透析の患者さんなんかだと、とにかく体重の変化と塩分摂取量だよね。ラーメン食べたりしたの?ダメです!なんて怒っちゃうとウソつくから、何食べたのかとか怒らずフォローして、それらを変数に設定してずっと数値追っかけて、成績上がりましたねーなんて褒めて患者教育すると、在宅療養伸ばせるかもねー」。

 私が帰った後も、Nsの皆さん「結構おもしろいね!」とか相互に言いつつ、こんな議論が延々と(指導終了後もナースステーションで)続いたとのこと。何より何より、良い傾向です。

2017/11/12

「介護」技能実習制度の行方

「やっと受入開始ですね! 経営者はみんな喜んでいます」

 2017年11月、新しい外国人技能実習制度が始まって、外国人の在留資格「技能実習」の対象職種に「介護」が加わりました。特養などの介護施設はもとより、病院においても看護助手の担当分野で受け入れを進めようとする動きが進んでいます。なお、訪看などの移動を伴いつつ一人で行う分野については、言語や文化に不慣れな外国人にはリスクが伴うことから、その対象から外されています。
 少子高齢化で利用者や患者は急増する一方、人手は集まらない。世界トップクラスの財政赤字で、報酬のプラス改定など望むべくもない。他方、医師や看護師など専門職の流動化はさらに進み、こちらの賃金は上がり続けて人件費も嵩み、その他の職種(介護系など)の賃金を上げる余裕などない。「外国人技能実習生の受け入れ解禁は、平成30年同時マイナス改定のバーター」なんて、医療介護関係者の「見立て」もチラホラ聞く昨今です。

 この業界の皆さんには目新しい制度かもしれませんが、「技能実習生」はわれわれ企業経営関係者にとっては古くて新しい制度です。もう50年以上も前、1960年代に日韓国交正常化がなされ、日本企業が韓国に大量進出するとともに韓国からたくさんの「研修生」が来日し、アパレルや電子部品の工場で日本企業の技術を働きながら学んでいました。その後ほぼ30年前、1990年代に入って超円高と中国の改革開放とともに日本企業が中国に大量進出し、同様に中国からたくさんの研修生が来日しました。当時の日本はバブル経済の人手不足下にあり、外国人不法就労問題がマスコミで話題になっていたこともあって、研修生の企業受け入れを職種限定的に認め、中小企業が事業協同組合を設立して協同で研修生を監理する「外国人研修制度」が生まれました。不法就労の代替労働力として、職域を限定しつつ組合経由で間接的に在留を監理する外国人受け入れ制度、これが現在の「技能実習制度」の前身です。

 バブル時代から現在に至るまで、研修ではなく、外国人単純労働者の解禁を求める議論が盛んに展開されて来ていました。「国際化」は現代のキーワードの一つでもあります。外国人の受け入れは政府の専権事項、つまり政治が決定することなのですが結局、「労働者」の受け入れ自由化には至っていません。現在のような難民受け入れに伴う治安悪化を心配する意見のほか、好況の時は良いが不況時には日本人労働者が職を奪われると危惧する意見、外国人の社会福祉や子弟の教育に多大な予算が必要になるという「社会的コスト」を踏まえた否定的意見(ただでさえ福祉予算が厳しいのに)などが根強かったためです。それゆえ、その中で生まれた研修生受け入れ制度は「帰国前提の外国人材育成で技術の国際移転を行う国際貢献制度」とすることが強調されてきました。とはいえ、人手不足対策兼不法就労者代替制度という現場の認識は否めず、研修生の受け入れは「建前は国際貢献だが、実質は労働力受け入れのグレーで曖昧な制度」と揶揄され続けてきたわけです。

 2000年代に入り、日本経済においては長期に渡る不況が続いていました。いわゆる「失われた20年」です。デフレが蔓延し、非正規社員が増え雇用が不安定化して、賃金はどんどん下がり続けました。企業はこぞって人事のリストラを進め、賃金の引き下げを狙って動いたのですが、そのとき狙い撃ちされたのが「研修生」です。研修は労働ではない、つまり最低賃金や時間外割増賃金などを定める労働法は適用されない。日本人労働者は労働法や労働組合に守られるが、外国人研修生はそうした存在ではない。いつの時代も不況期には弱者にしわ寄せがいくのですが、それらを研修生が集め、「時給300円の“研修生”という名の労働者」が社会問題となりました。さらに、こうした悪評は海を渡り、アメリカの国務省(日本の外務省に相当)が「日本の研修生受け入れ制度は、違法な低賃金労働者を国際的に手配する人身売買制度に等しい」と日本政府を名指しで非難したほどです。

 こうして2009年、リーマンショック不況が蔓延するなか、外国人研修制度を引き継ぐかたちで生まれたのが「技能実習制度」です。制度改正のポイントは、「労働者ではない(だから労働法は適用されない)研修生」に労働法を適用し、人権問題を解決し、待遇改善を図ることです。在留資格が新たに設置され、「技能実習」というある種の就労ビザを発給し雇用認定することで、労働法が適用されるようになりました。しかし就労とはいえ、昨今の欧州などでな難民受け入れに伴う治安悪化テロ問題などもあって、やはり移民や外国人労働者受け入れ自由化には至りませんでした。「人づくりと帰国担保による国際貢献制度」という看板は維持されたわけです。労働法が適用されることで労働基準監督署が動き、悪質な受け入れ事例はその都度摘発されるようにはなったのですが、送り出し国から中小企業の事業協同組合(制度上では「監理団体」と言います)の仲介を経て斡旋されていく仕組みはそのまま、最低賃金は守られるようにはなったものの、肝腎の「人づくり」のところがほとんどなおざりになっていた。こうした状態を打開すべく検討されてきたのが今回2017年の制度改革、なのです。

 「介護」を含む新制度では、厚生労働省職業能力開発局(「人づくり」の所管部局)と法務省入国管理局(外国人受け入れの所管部局)などがリードして、新たに「外国人技能実習機構」が設置されました。この機構は、外国人技能実習生を受け入れる中小企業の事業協同組合に「事業許可」を出す役所です。もちろんこの機関の目的は、外国人技能実習生を受け入れる企業の労働法遵守の徹底を図るとともに、「人づくり」の効果的な取り組みと実際の成果がしっかり出ているかどうかを厳密にチェックすること。これまでの日本の入国管理と監理団体の審査は、地方外局のチェックが緩いところや厳しいところと様々だったのですが、これも厳格な審査を全国統一で行う。人権と労働法と職業訓練(人づくり)と国際貢献(帰国後の成果)を徹底的にチェックする。新たな機構の担当者の「もうグレーで曖昧な、いい加減な制度だなんて、絶対に言わせない!」という決意と意気込みを肌で感じる、そんな制度になっています。

 病院や施設の「介護の外国人技能実習生」受け入れは、こうした制度的チェックを経て実現するものです。「確か、何か新制度が出来たんだよね。ウチも外国人入れられるんだよね。先週そんな電話の営業があったんで、その営業マンに今度会ってみるんだよ。いろいろ手続きが面倒だけど、その辺は斡旋会社が何とかしてくれるらしい。協同監理で複数の施設がまとまって受け入れるんだから心強いよね。外国人がたくさん入ると人件費も抑えられて、来年度の決算は今よりちょっとラクになるかな‥」
 こんな感じの経営者が、「許可」が降りずにがっかりする、あるいは許可が下りて受け入れたは良いものの、その後の学校並みのチェックに辟易する‥。もし、何か問題が起きて世論が騒ぎ、政府が外国人受け入れを絞ろうと思ったら、「人づくり」体制のハードルを上げチェックを厳格にすればいい‥。
 そんな「行方」を思い浮かべるのは、私だけでしょうか。

2017/11/11

医療従事者の「モチベーション」を高めていくもの

「手当や給料でナースを働かせようとしても、ムダですよ」

 とある病院の研修で病棟師長さんに、こう言われてしまいました。退院支援促進のための新たなプログラムを開始するに当たり、「参加者に手当を出しては?」と提案してみた時のことです。彼女曰く、「ナースを動かすには、まずビジョン、そして意味と意義。ナイチンゲールの精神を尊ぶ人たちです。最初におカネの話なんかしたら下に見られて、先生の言うことなんて聞いてくれませんよ」。うーん、そうなのか‥と思い、インターネットで「看護師_モチベーション_論文」と入れて検索してみました。貴重な研究論文がたくさんヒットしたのでいくつか読んでみたのですが、誤解を恐れず率直な印象を申し上げると、「人並み外れて」いて「数字が多く難しい」。医療従事者のモチベーションは「モラル」「有能感」「達成感」等によって維持される、それらは「因子分析(斜行回転)」「測定尺度」「線型モデル」「重回帰分析(t検定)」によって支持される、そしてアメリカでは、EUでは‥。

 論文の中には、理論モデルが示されていたりします。それらを読み解いていくと、まず医療従事者のモチベーションを引き上げるもの(因子)があり、個人的には「教育的背景(出身学校)」「専門領域」「経験年数」「所属組織における職位」「学会や研修など教育機会への参加」「仕事のやりがい」等で、組織的には「所属組織の社会的地位」「理念や目標など組織の方針」「教育機会の提供」「臨床能力評価」「目標管理」「チームワーク内での返報性(恩返し的なもの)」等々。これらが医療従事者を動機付け、やる気を引き出す(確かに!)。一方、モチベーションを引き下げるものがあって、誰もが知る大小様々な「ストレス」。医療とは究極のサービス労働なのですが周知の通り少子高齢化で職場がどんどん過酷になっているため、「患者・利用者・家族からのストレス」「上司・同僚・部下からのストレス」「仕事内容に起因するストレス」「労働時間に起因するストレス」「法令遵守や管理責任に起因するストレス」等々、モチベーションの引き下げ要因は枚挙にいとまがない(そうでしょうね‥)。冒頭の病棟師長が仰る通り確かに、モチベーション因子(要因)に「おカネ(給料や手当)」が入る余地は少ないのかもしれません。

 要因の項目がたくさんありすぎて、それでいて統計的手法が多用され、論文は夥しい数の数字で溢れていたので、私の頭の中が少々混乱した。そこで、経営学の基本に立ち返って整理してみたくなった、というのが今回のエントリです。

 医療従事者界隈で何かと問題になる「モチベーション」ですが、経営学部の人的資源管理論では「モチベーションとインセンティブ」のセットで講義します。すなわち「動機付け(モチベーション)と誘因(インセンティブ)」でセット。簡単に言うと、前者は「やる気」、後者は「それを刺激するもの」。もっと簡単に例えると、「人参(インセンティブ)」を垂らして「馬の鼻息(モチベーション)」駆り立てるパターンの、この「鼻息と人参」でセット。そして「この2点セット」を理解し活用する上で欠かせない枠組みがあり、それが、この2つは①「金銭的」、②「社会的」、③「自己実現」の発展段階的3局面でそれぞれ相対する概念となる、というものです。

 まず①、人間には「生活のために稼ぎたい」という金銭的なモチベーションがあり、それに向けて工夫するのが金銭的インセンティブとなります。冒頭の病棟師長は「ウチのナースに金銭的インセンティブは効かない」と言っていましたが、これが効くスタッフ層(群)は必ず存在する。「夫がリストラされた」「子どもが私立中学に合格した」「マンションの修繕積立金が値上がりした」など、おカネが必要な人たちのモチベーションを刺激するのは、手当(時間外、役職)であり昇給なのです。しかし、これらのインセンティブは客観的で分かりやすいものの、ある一定レベルを超えると効果が薄れる傾向がある(年収300万円の人に100万円昇給するのは非常に効果的だが、年収1000万円の人に同じ額昇給してもそれほどの効果はない)。つまり、現在の看護師は賃金がある程度高いので、金銭的モチベーションが低く金銭的インセンティブが効きにくい、という仮説が成り立ちます。逆に言えば、年収が低い年齢層や、子どもがいるなど生活費が増えつつある世代には、普遍的に金銭的インセンティブが効く、ということです。

 次に②、人間には「同じ価値観を持つ集団に所属し、構成員として認められたい」という社会的なモチベーションがあります。皆さん良くご存じの、マズロー欲求5段階説の3番目です。医療従事者のモチベーション論文には、この社会的モチベーションに関する因子がたくさん取り上げられていたように思いました。医療従事者には、同じ思いを共有する組織の中で自らメンバーシップを発揮しようとする強い社会的モチベーションがあり、この情熱的で献身的な人となりが、スタッフそれぞれの出自、専攻、地位、権限、役割、扱い、評価、尊厳など社会的インセンティブによって刺激される。スタッフが定着し、良い医療を効率的に行う組織には必ず「面倒見の良いチーム」が存在し、個人はそのチーム集団に所属することでもたらされる利益を享受しながら、その集団内での評価、地位、権限を得ようと、集団内での自らの役割を出来うる限り果たそうとする。すなわち「役割」達成という社会的モチベーションが、集団における「評価、地位、権限」という社会的インセンティブによって刺激されていくわけです。

 そして③、人間には「自分はこうありたいという理想に向け、限りなく成長し続けたい」という自己実現的なモチベーションがあります。そうした人間の損得勘定を超えた究極的な自己実現モチベーションを刺激するものこそ、「憧れの先輩」のような「理想像」「先行モデル」、つまり自己実現インセンティブです。これらは最も高い次元に位置する「セット」となります。金銭的インセンティブが余り効かないレベルの高所得を得て、社会的インセンティブを刺激され最良のチームのポジションも得られたのなら、あと残されているのは自己実現インセンティブだけ。しかしながら自分の理想を完璧に体現できている人間など身近な周囲には、そうそういない。だから、その理想を文字にして壁に貼っておく。それが、組織が掲げる「理念」「ビジョン」「目標」なのだと思います。

 あなたの病院が掲げている「理念」は、あなたの高次元のモチベーションを日々刺激し続けるインセンティブに‥なっていますか?

2017/11/09

介護報酬マイナス改定を「国民目線」で考える

「この現状でマイナス改定なんて、政府は何を考えてんですかね!」

 周知の通り来年の平成30年度は、「6年に一度」の診療報酬と介護報酬ダブル改定です(診療報酬は2年ごと、介護報酬は3年ごとなので、6年ごとにダブル)。介護については、2年前から政府内で検討が始まっている「第7期介護保険事業計画」のスタート年度でもあります。同計画では、保険者(国民から介護保険料の納付を受けている団体組織=地方自治体)主導の制度改革と、ケアマネジャーなど地域の関係者が集って知恵をひねり続ける「介護予防」(地域包括ケアの予防的実践)が謳われています。さらに保険単位が市町村から都道府県に広がる、つまり保険者が市町村から都道府県へと移行します。市町村のような小規模保険者だと財政が不安定になるし(「小さな保険会社の保険に加入するより全国レベルの大企業のほうが安心」というビジネス原理と同じ)、小さな役所だと職員も少なく事務が大変だし(大会社で一括処理したほうが低コスト)、市町村単位だと良いところと悪いところの格差が出るし(企業城下町になっている市町村は良いが、その他の過疎地は目も当てられないマーケット問題)、といった具合なのですから経済合理性で考えれば必然の流れだと思います。

 来年度のダブルどころかトリプルの環境変化に対し、特別養護老人ホームの経営者など介護サービスの事業者は必死に今後の経営戦略を検討しているはずです。事業者にとって「介護報酬はサービス単価」に他なりません。これは、タクシーの「初乗り料金+一律のメーター運賃」と同じです。少子高齢化で、人手は集まらないのにも関わらず、入所希望者はどんどん増える。こんな状態で単価が下がってしまったら、収入減と職場のブラック化は必至です。減収が人件費負担にガツンと来て、賃金引き上げなど不可能、よって人材が集まるわけもなく悪循環。他方、保険者が大きくなるのは良いことばかりではない。しかも政府は、その「保険者主導のリーダーシップ強化」を国の計画として謳っているのです。民間保険の領域が広いアメリカなどでは、病院などの事業者より巨大な保険会社(米の保険者)のほうが立場も権限も強力で、「こんな適当なサービスじゃぁ支払いなんかできねーよ」なんて事業者たる現場の医療従事者は効率化とコストダウンを強いられるばかり。まさに、下請工場が親会社にイジメられるような構図が固定化するかもしれません。

 現在の状況は、事業者にとってかなり厳しい。そこで冒頭のセリフが出てきます。単価を下げられたら困る(介護報酬マイナス改定が続いたら困る)。効率化やコストダウンを迫られたら困る(保険者主導が行き過ぎたら困る)。だから社会に、とりあえずはマスコミにアピールしなければなりません。単価つまり介護報酬が引き下げられたら、介護施設の現場は崩壊する。高齢者(国民)は入所できなくなる(現状でも、入居待ち人数が凄く多いのに)。施設で働く労働者(こちらも国民)は、いつまでたっても処遇が改善されない(現状でも、かなりブラックな職場なのに)。実際、マスコミで展開される取材記事や論調は、こうした「事業者目線」のものが多くなっています。そしてわれわれ国民はそれらを読んで、「少子高齢化で大変なのだから、介護サービス事業者の単価は上げてやったら良いのでは?(それをマイナスなんて‥)」と、内心感じているのではないかと思います。

 経営学者は「事業者目線」を大事にしなければならないのですが、私も国民の一人ですし、介護保険制度自体が国民のためのものなので、ここは「国民目線」で書かせて頂きます。

 まずは、介護保険料についてです。「単価」はさておき、今後の日本においては「サービス供給量」が大問題です。団塊世代の後期高齢者化が控えている訳ですから、必然的に供給は増える。つまりサービス利用者が確実に増える。すると、その分が事業者から保険者に請求されてくる。支払いが増えカネが出て行けば、保険者はカネを確保するため保険料を引き上げるしかない。結果、われわれ国民が納付する介護保険料は増えていく。こうなると先の、「大変だから事業者の単価上げてやったら良いのでは」なんて国民の気遣いはどこかへ飛んで行くでしょう。自分の出費が増えるとなれば一大事、とりわけ「年金受給が少ない高齢層の国民」が納付する介護保険料問題がシビアです。保険料が上がって不満を募らせる国民が出てくる前に、その対策を打たなければならない。最も確実な対策は単価切り下げ、すなわち介護報酬のマイナス改定です。明確な事実は、「単価削減というマイナス改定は、介護サービス利用者のお財布にやさしい」と言うこと。これは「介護サービスの値段が下がる=国民の自己負担が減る」ことを意味します

 そして、介護職員の昇給問題についてです。前々々回の平成21年度改定の時(麻生内閣時代)、既に介護職場のブラック化は社会問題になっていて、現場の労働者の賃金を上げるべく介護報酬はプラス改定を実施しています。少なくとも「政府目線」ではそうです。それで、結果はどうだったか。そのプラス分は、現場職員の昇給にはほとんどつながって行かなかった。医者や看護師が病院に対して持つバーゲニングパワー(交渉力)と比べ、介護労働者が施設に対して持つそれは、力不足が否めなかったのでしょう。働き方改革と賃金アップによるデフレ対策を目指す安倍内閣は、そこに切り込んだ。こうして前回の平成27年改定では、介護報酬をマイナス改定として単価を絞りつつ、新たに「介護職員処遇改善加算」を設け、介護報酬を介護労働者の賃金増に紐付ける工夫がなされています。「われわれの施設では、現場の職員の賃金をこれだけ上げる」という計画を出させ、それが実行されて初めて加算が下りるシステムです。昨年度にこの加算を申請、受給した全ての法人は、この夏に実績報告書を提出しているはずです。介護現場で働く「国民目線」で評価される施策になっていると思います。

 「国民目線」で介護保険サービスの「未来(2025年の供給増問題)と過去(報酬の労働分配問題)」を考えると、今度の「介護報酬改定」はかなり厳しくなるのでは?と予想せざるを得ません。

2017/11/02

クリニカルパスとクリティカルパスは「似て非なるもの」

「クリカルもクリティカルも、同じものだって教わりました」

 この「パス」は英語の“Path”で「バイパス手術」のパス、「通り道」のことです。「通行証」などを意味する“Pass”ではありません。つまり医療で言うパス(Path)は、通り道すなわち「経路、ルート」を意味します。したがってクリカルパスのそのまま直訳は「臨床の経路」です。皆さんが普段使っているパスには、投薬治療や検査や食事開始などのスケジュールが並び、入院診療の「経路、ルート」が明示されているので、これこそ文字通りの「クリカルパス」です。一方、クリティカルパスの直訳は「最も重要な経路」です。一番大事な、精力を一番注がなければならないルートのみが「クリティカル」なのであって、そのパスにさほど重要でないものが混ざっていてはいけません。真っ直ぐな医療従事者の「パスに記載された活動は全て重要。医療に重要でないものなど一切存在しません!(だからこれはクリティカルパスです!)」という言い分も有り得ると思いますが、少なくとも経営学が組織や活動の効率化を目指す実践的な学問であるとすれば、「現場タスクの優先順位も付けられないようでは、経営なんて土台無理でしょ!」。こうなると医学と経営学は喧嘩別れです。

 先のエントリ(こちら)で、誤嚥性肺炎にかかる入院治療の一連の活動タスクをチーム医療の協働ネットワークとして作図し、パスのモデルを提示しました。指導先の病院のスタッフの皆さんに「あーだこーだ」と臨床現場の活動の流れを振り返ってもらって、理想的な順序を考え、さらにそれぞれに要する標準時間を例示して頂きました。こうして出来上がったのが、この病院の「誤嚥性肺炎アローダイアグラム基本モデル」です(以下図)。ちなみに「アローダイアグラム」とは、通常のパスで言うところの、治療の順序が並んだ表のセル(一つ一つの欄)を矢印(アロー)で表現した作図(ダイアグラム)のことで、経営学のプロジェクトマネジメント論では「PERT(パート)図」として必ず勉強する専門知識でもあります。

 図に従って、この病院の誤嚥性肺炎入院治療のパス(経路)をおさらいしてみましょう。図に沢山あるマル印の中には、診療活動の節目となる内容が記入されています(先のエントリの「イベント」)。まずは「入院①」。ここから治療が始まり、投薬で「解熱③」を目指します。これに要する標準時間が7日ということなので、①→③の矢印(アロー)の上に(7)と記入します。同時に入院から直ぐ、患者や家族の現状に関する情報収集やアセスメントが始まり、その担当看護師などが「情報②」を目指します。この①→②に要する時間が3日。よって、①→②のアロー上に(3)。さらに、患者の解熱を受けて嚥下評価が始まり、これに2日。同じく③→④のアロー上には、(2)と記入します。

 こうして嚥下「評価④」が固まると、ここからは医療チームが4つに分かれ、各担当者の活動がそれぞれ同時に動き出します。退院先の目安を情報チームと共有し(「出先⑤」へは情報共有するだけなので作業時間なし。作業時間がない場合は点線矢印で示して、時間は(0)と記入)、キザミ食やトロミ食など介護時の「食事⑥」と「喀痰⑦」の見極めはそれぞれ3日で行えるが、家族の意向や施設など退院先(出先)の受け入れ能力の見極めや指導は少々時間が掛かり、退院「調整⑧」までの④→⑧は4日。最後は、喀痰と食事と(退院)調整の進捗を互いに情報共有して足並みを揃え(⑥~⑧のタイミングを揃える)、めでたく「退院⑨」へ。各ルートからは、それぞれ1日ずつ。最後の⑨のマルの上にある(14)という数字は、以上の標準時間を全部足し上げた入院期間の計14日を表しています。もちろん、全てのケースが14日で収まるわけではなく、最終的に退院が伸びたら伸びたで「どのアローが伸びてしまったのか?」について後ほど振り返りをしなければなりません。これこそが「バリアンス」分析の中心となり、それへの個別具体的な対策が各アロー(活動)における今後のタスク設計の変更点となっていく。アローが伸びるバリアンスは、①→③の治療経路以外にもたくさん存在します。治療プロトコル(パス)のバリアンスばかり分析しても、在院日数は縮まらないのです。

 この図では、太い矢印で「クリティカルパス(Critical Path)」が描かれています。これは、この「経路、ルート」に遅れが出てしまうと致命的(クリティカル)に入院が伸びる、ことを意味しています。例えば、①→③→④→⑧のルートは標準時間7+2+4の計13日ですが、「入院①」から分かれる情報収集のための別ルート(①→②→⑤→⑧)は3+1+1の計5日で済み、早く終えてもどうせ治療から解熱・嚥下評価を経るルートの終了を待たなければならないわけですから、こちらは時間的に余裕がある(これを「フロート」と呼びます。関連エントリはこちらこちら)。つまり「在院日数を短縮化する」という病院経営上逃れられない宿命的課題に対して、①→②→⑤→⑧のルートは「クリティカル」ではない。同様に、「評価④」から分かれる3つの活動ルート(情報共有だけの④→[点線]⑤を除く)については、4+1の計5日かかる④→⑧→⑨が絶対に遅れてはならない「クリティカルなパス(経路)」なのであって、3+1の計4日で済む④→⑥→⑨と④→⑦→⑨の2つのルートはそれぞれ1日分だけ余裕がある。すなわち、この2つの活動ルートも退院支援として重要なものであることは認めるが、最重要経営課題である「在院日数短縮」を念頭に置くなら、それらは「クリティカル」な経路ではない。

 冒頭のやりとりに戻ってまとめると、クリカルパスという「臨床の経路」の中には、クリティカルな経路とクリティカルでない経路の2つがあるのです。「絶対に負けられない戦いが、そこにはある」(日本代表サッカーTV中継時における某テレビ局の名セリフ)ではありませんが、「絶対に遅れてはならない経路が、クリカルパスにはある」。「そのルートに遅れが全体の遅れにつながる」経路もしくはルート、それこそが「クリティカルパス」(このモデル図では①→③→④→⑧→⑨の活動ルート)なのであって、これを「最重点管理工程(“Critical Path”の日本語訳)」と位置づけ、作業順序を練って有能な人材を配置し、常時遅れを監視し、遅れたら(バリアンス時)しっかり振り返って対策を練る‥、という体制がとられるわけです。

2017/10/30

「フロート消費」で伸びる在院日数

「明日まで主治医不在だから、とりあえずこの仕事はストップですね‥」

 【空想】あなたは駆け出しの女優です。とある映画制作の脇役をゲットし、クランクイン(撮影開始)したところです。ちょうど、あるワンシーンの撮影を終え、次のシーン撮影は主役とのツーショットで、その俳優待ち。その俳優は今、別シーンの撮影をしています。現場のちょっとしたトラブルで、かなり時間が押している模様。そんな中あなたは、撮影現場の隣に設置された楽屋のテントで、気心知れた俳優仲間と談笑しながら出番待ちです。きょうの撮影後の予定もあるにはありますが、この撮影現場は山奥だし、急いだところでどうしようもない。次の予定の関係者には、主役俳優と映画監督のせいにして連絡しとけば良いから気が楽。降って湧いたようなゆったり時間で、束の間のリラックスを楽しんでいます。

 【もう一つ空想】あなたは映画プロデューサーで、とある映画の制作委員会を立ち上げ、無事クランクインにこぎ着けたところです。映画公開日程は既に決まっていて一年後。予算を組み、キャスティングを決めて、大道具や小道具の発注も済ませ、順調に撮影‥するところが、この長雨(2017年夏)。この一ヶ月の間ずっと雨で撮影中断。最初の数日は「ここのところ超人的に忙しかったから、この雨は良い休息。恵みの雨かな?」なんて思っていたものの、一週間二週間と撮影雨天順延が続き、だんだんシャレにならなくなってきた。実は計画当初、クラックアップまで一ヶ月ほどの余裕時間を組み込んでいました。映画には細々としたトラブルがつきものだから。でも、それを夏の長雨で一気に使い果たしてしまった。かなり焦っています。

 プロジェクトマネジメントにおいて、プロジェクトを進める上での「余裕時間」を「フロート(FLOAT:直訳は浮くモノ、浮き輪ですが、米の俗語で“時間的余裕”を意味します)」と呼びます。フロートには二種類あり、「一連の作業の全体に悪影響を与えない、次の作業に入る前の、直前の余裕時間」を「フリーフロート(自由な余裕時間)」、「一連の作業全体を通しての余裕時間で、先に誰かが使い切ってしまうと、後の者がキツくなってしまうもの」を「トータルフロート(全体の余裕時間)」と言います。上述の空想事例で言うと、主演俳優待ちをしている脇役女優が楽屋でゆったりしている余裕の時間が「フリーフロート」、長雨が続き余裕を持たせていた撮影日程がだんだんキツくなって困っているプロデューサーの消えてしまった余裕の時間が「トータルフロート」となります。

 【現実】に戻って、あなたは病棟のプライマリ看護師です。打ち合わせ、会議、合間に処置。手術、面談、合間に書類作り。まさに毎日、目まぐるしい程の忙しさ。こんな感じでマジにガチで働いてたら、普通に倒れてしまいます。だからこそ、日々の仕事の合間の「フリーフロート」は貴重な時間。【空想】の「現場入りが遅れている主演俳優」のような、「外来が終わらず会議に遅れたドクター」「仕事か何かで面談に遅れた家族」「熱が下がらす手術が遅れている患者」等々のお陰で、合間合間に生まれる「フリーフロート」の時間はしっかりと消化したい。て言うか、遅れたのは私のせいじゃないし‥。「空いた時間を見つけたら、仕事を探してこなしてしまおう」「今日できることは、明日に持ち越さないように」とか、普通に綺麗事でしょ?
 チーム医療の全員がそこかしこに持っている「フリーフロート」の使い方を、どのように管理するか(例えば、こちらのエントリ)。「フロート消費」の個別管理が行き届いていないと、早く終われるものも早く終わらない、つまり【現実】の課題の在院日数はなかなか短くならない訳です。

 【もう一つ現実】に戻って、あなたは病棟の退院支援看護師です。地域の高齢化で、毎年着実に増えていく肺炎患者。内科医がパスを作って治療を計画的に進めようと努力してはいるものの、一週間の抗菌薬投与でそろそろ良くなっているはずの患者の喉が、相変わらずゴロゴロ、ゴロゴロ‥。週末予定の嚥下評価は、担当医師が医局派遣で不在になるため週明けへ後ろ倒し。他にも色々「手続き進めているはずだった介護保険が、ケアマネが捕まらなくて‥」「家屋評価に行ってみたら、実はトイレの前にもの凄い段差があって‥」「夜間の吸引も可能な施設だったんだけど、看護師さん辞めたみたいで‥」。事務長が収益状況から14日後退院を主張していたところ、看護師長が現場実態から「余裕みて21日」としてくれたのに、その「プラス7日のトータルフロート」を最初の一週間で使い切ってしまった‥。
 入退院スケジュールの全体プロセスは、チーム医療の全員が見渡せるパスに可視化し、「トータルフロート」を提示しつつ、どの段階でどの程度消化してしまったかを共有する(例えば、こちらのエントリ)。「フロート消費」の全体管理が行き届いていないと、同じく【現実】の課題の在院日数は、どんどん伸びて行ってしまうのです。

2017/10/29

「ゴール設定」で伸びる在院日数

「この病院は病人を前にして、入院直後から退院の話するんですか!」

 発熱して、介護施設などから急患に搬送されてきた高齢患者への対応を思い浮かべてみて下さい。主治医を決めて諸検査を行い、誤嚥性肺炎と診断し入院を担当者に指示、抗菌薬投与の治療パスに乗せ、チームを組んで全体スケジュールを共有します。診療報酬制度の制約などから考えて、入院期間は14日。とりあえずの「ゴール設定」、つまり退院予定日は14日後です。検査スケジュールは、解熱とCRP数値の確認と判断が一週間(7日)後。そこから嚥下評価が始まり食事開始で、この間2~3日。これでもう10日を消化、予定の14日まであと4日。その残り4日で、嚥下評価の結果をもとにキザミ食にするのかトロミ食にするのか食事介助のあり方を検討し、喀痰の状態から吸引処置のレベルを見定め、搬送元に戻った時の対応について指示しなければならない。限られた4日ではありますが、看護師とST(言語聴覚士)のプロフェッショナルなチームワークがあれば何とかこなせるのではないかと思います。

 しかしながら、退院(日)調整が大問題です。これには「もの言う相手」が存在するからです。しかも、意思と判断が定まらないケースがほとんど。まずは、患者と家族の意思。家に帰りたいのか、これまで居た施設に戻りたいのか、施設とはいえ退院後は違う施設に替わりたいのか、など。そして、受け入れ側の判断も様々。施設の職員から、ハイレベルの介護食(キザミ食やトロミ食)には対応できない(設備も前例もない)、夜間の喀痰吸引には対応できない(看護師がいない)、在宅の家族からは、エレベーターがない(建物が古い)、独居だから無理(介護者がいない)、など色々と問題が提示されてきます。これらの指導や諸調整(退院調整)を、上述の「限られた4日」で対応するのは非常に難しい。患者が認知症、離れて暮らす家族で仕事が忙しくつかまらない(電話してもつながらない、メールにも返事がない)、介護保険の申請をしないと経済的に無理(とはいえ保険の申請・適用には時間がかかる)、(診療所などの)主治医がいない、などなど背景は様々です。これ全てが良くある話なのですから、たとえプロの退院支援NsでもMSWでも、難しいものは難しい。

 それだから、MSWなど退院支援担当者は、なるべく早い時期から患者対応に介入しようとします。早い担当者なら入院直後。患者・家族との支援面談、施設や自宅に関する情報収集、ケースごとのスクリーニング、情報共有シートの作成、アセスメントシートの作成、担当者ミーティングの実施、などなど、退院調整業務てんこ盛りです。患者や家族も色々聴かれて煩わしい。とはいえこちらも、情報収集した後それぞれ個別に対応しなければならないのですから、後ろには引けません。やらないと「設定したゴール(14日で退院)」に辿り着けない。それゆえ急いで支援面談をセッティングしようと動く。

 ここで出るのが冒頭の、家族などからの「怒りのお言葉」です。親を施設に入れ、離れて住んでいた家族が、救急で運ばれたと知らせを受け、ビックリして病院に駆けつけた。久しぶりに見た親は、発熱でグッタリしている。先月会いに行った時は元気だったのに‥。こんな状態なのに、見るからに苦しそうで治療が必要な病人なのに、「この病院は、入院直後から退院の話するんですか!」

 患者の家族が一般の人なら、「誤嚥性」という病名は初めて聞くものでしょう。もちろん意味など分からない。「DPCだから14日で退院させる必要がある」なんて報酬制度など知るはずもない。しかしながら医療従事者は、報酬制度の通り、事務長などが口酸っぱく言う通り、14日後退院をゴールに設定する。この認識のズレを放置したまま、患者・家族と病院間の信頼関係なんて構築できるはずもない。こうして患者と家族の気持ちは不安と不満で固められ、退院への対応を頑なに拒むようになる。苦しむ親の治療のためにも、さらに病院のケシカラン連中を懲らしめてやるためにも、「意地でも入院を継続してやる!」と意固地になる。こうして平均在院日数は、グングンと伸びていきます。

 私は、この「ゴール設定」自体が問題なのではないか、と考えています。ゴールとは、活動の全てが終わることを意味します。若い健常者の骨折入院などとは異なり、後期高齢者の終末期を伺う患者に、実はゴールは存在しない。つまり、治療が終了するのではなく、治療は「最期」の看取りまで続いて行く。患者や家族は「患者の60代ぐらいの元気な姿」に戻れることを期待して入院治療のゴールをイメージするのでしょうが、多くの現実は、そうはならない。

 とりわけ後期高齢者の誤嚥性肺炎などのケースに必要な設定概念は、ゴールではなく「マイルストーン(節目)となるリレーポイント(中継点)」だと思います。つまり、健康な従前の状態に戻ることは残念ながら有り得ず、患者の治療は「一進“二”退」「三“温”四“寒”」で長く続いて行くのです。だから、入院直後に行う支援面談では、そうした「高齢者治療の現実」と必要な情報を伝え、「最期」までしっかり責任を持って伴走することを約束し、「最期」つまり真のゴールを出来るだけ先送りさせようと前向きに患者と家族のモチベーションを上げていく。そのこれから長いプロセス上での中継点、言わば足がかりの最初の一つが「ここで言う14日目」であり、患者には「その節目」で一旦退院して頂き、高齢化で同様の患者が溢れる地域医療のために、地域の急性期として必要なベッドを空けて準備しておく。入院直後の支援面談では、こうした長期ビジョンを患者と家族に理解して頂かなければならない。それでいて、けっして暗くなることなく、皆で前を向く‥。

 「あの‥診療報酬制度というのがありまして、厚労省が入院14日過ぎたら病院の収入を下げるって決めてるんで、だからその日が退院日なんです(看護師の私個人はあなたを入院継続させてあげたいと思ってますけど、そう決めたのは政府。文句があるなら厚労省へ)」なんて患者に言って退院を迫るとか、絶対に御法度。「この病院は金儲けしか考えてない!」と憤られるだけだと思います。