2017/10/29

「ゴール設定」で伸びる在院日数

「この病院は病人を前にして、入院直後から退院の話するんですか!」

 発熱して、介護施設などから急患に搬送されてきた高齢患者への対応を思い浮かべてみて下さい。主治医を決めて諸検査を行い、誤嚥性肺炎と診断し入院を担当者に指示、抗菌薬投与の治療パスに乗せ、チームを組んで全体スケジュールを共有します。診療報酬制度の制約などから考えて、入院期間は14日。とりあえずの「ゴール設定」、つまり退院予定日は14日後です。検査スケジュールは、解熱とCRP数値の確認と判断が一週間(7日)後。そこから嚥下評価が始まり食事開始で、この間2~3日。これでもう10日を消化、予定の14日まであと4日。その残り4日で、嚥下評価の結果をもとにキザミ食にするのかトロミ食にするのか食事介助のあり方を検討し、喀痰の状態から吸引処置のレベルを見定め、搬送元に戻った時の対応について指示しなければならない。限られた4日ではありますが、看護師とST(言語聴覚士)のプロフェッショナルなチームワークがあれば何とかこなせるのではないかと思います。

 しかしながら、退院(日)調整が大問題です。これには「もの言う相手」が存在するからです。しかも、意思と判断が定まらないケースがほとんど。まずは、患者と家族の意思。家に帰りたいのか、これまで居た施設に戻りたいのか、施設とはいえ退院後は違う施設に替わりたいのか、など。そして、受け入れ側の判断も様々。施設の職員から、ハイレベルの介護食(キザミ食やトロミ食)には対応できない(設備も前例もない)、夜間の喀痰吸引には対応できない(看護師がいない)、在宅の家族からは、エレベーターがない(建物が古い)、独居だから無理(介護者がいない)、など色々と問題が提示されてきます。これらの指導や諸調整(退院調整)を、上述の「限られた4日」で対応するのは非常に難しい。患者が認知症、離れて暮らす家族で仕事が忙しくつかまらない(電話してもつながらない、メールにも返事がない)、介護保険の申請をしないと経済的に無理(とはいえ保険の申請・適用には時間がかかる)、(診療所などの)主治医がいない、などなど背景は様々です。これ全てが良くある話なのですから、たとえプロの退院支援NsでもMSWでも、難しいものは難しい。

 それだから、MSWなど退院支援担当者は、なるべく早い時期から患者対応に介入しようとします。早い担当者なら入院直後。患者・家族との支援面談、施設や自宅に関する情報収集、ケースごとのスクリーニング、情報共有シートの作成、アセスメントシートの作成、担当者ミーティングの実施、などなど、退院調整業務てんこ盛りです。患者や家族も色々聴かれて煩わしい。とはいえこちらも、情報収集した後それぞれ個別に対応しなければならないのですから、後ろには引けません。やらないと「設定したゴール(14日で退院)」に辿り着けない。それゆえ急いで支援面談をセッティングしようと動く。

 ここで出るのが冒頭の、家族などからの「怒りのお言葉」です。親を施設に入れ、離れて住んでいた家族が、救急で運ばれたと知らせを受け、ビックリして病院に駆けつけた。久しぶりに見た親は、発熱でグッタリしている。先月会いに行った時は元気だったのに‥。こんな状態なのに、見るからに苦しそうで治療が必要な病人なのに、「この病院は、入院直後から退院の話するんですか!」

 患者の家族が一般の人なら、「誤嚥性」という病名は初めて聞くものでしょう。もちろん意味など分からない。「DPCだから14日で退院させる必要がある」なんて報酬制度など知るはずもない。しかしながら医療従事者は、報酬制度の通り、事務長などが口酸っぱく言う通り、14日後退院をゴールに設定する。この認識のズレを放置したまま、患者・家族と病院間の信頼関係なんて構築できるはずもない。こうして患者と家族の気持ちは不安と不満で固められ、退院への対応を頑なに拒むようになる。苦しむ親の治療のためにも、さらに病院のケシカラン連中を懲らしめてやるためにも、「意地でも入院を継続してやる!」と意固地になる。こうして平均在院日数は、グングンと伸びていきます。

 私は、この「ゴール設定」自体が問題なのではないか、と考えています。ゴールとは、活動の全てが終わることを意味します。若い健常者の骨折入院などとは異なり、後期高齢者の終末期を伺う患者に、実はゴールは存在しない。つまり、治療が終了するのではなく、治療は「最期」の看取りまで続いて行く。患者や家族は「患者の60代ぐらいの元気な姿」に戻れることを期待して入院治療のゴールをイメージするのでしょうが、多くの現実は、そうはならない。

 とりわけ後期高齢者の誤嚥性肺炎などのケースに必要な設定概念は、ゴールではなく「マイルストーン(節目)となるリレーポイント(中継点)」だと思います。つまり、健康な従前の状態に戻ることは残念ながら有り得ず、患者の治療は「一進“二”退」「三“温”四“寒”」で長く続いて行くのです。だから、入院直後に行う支援面談では、そうした「高齢者治療の現実」と必要な情報を伝え、「最期」までしっかり責任を持って伴走することを約束し、「最期」つまり真のゴールを出来るだけ先送りさせようと前向きに患者と家族のモチベーションを上げていく。そのこれから長いプロセス上での中継点、言わば足がかりの最初の一つが「ここで言う14日目」であり、患者には「その節目」で一旦退院して頂き、高齢化で同様の患者が溢れる地域医療のために、地域の急性期として必要なベッドを空けて準備しておく。入院直後の支援面談では、こうした長期ビジョンを患者と家族に理解して頂かなければならない。それでいて、けっして暗くなることなく、皆で前を向く‥。

 「あの‥診療報酬制度というのがありまして、厚労省が入院14日過ぎたら病院の収入を下げるって決めてるんで、だからその日が退院日なんです(看護師の私個人はあなたを入院継続させてあげたいと思ってますけど、そう決めたのは政府。文句があるなら厚労省へ)」なんて患者に言って退院を迫るとか、絶対に御法度。「この病院は金儲けしか考えてない!」と憤られるだけだと思います。

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